その3(2008年11月~2009年7月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その3(TOP-HAT Newsから)

 2008年にはリーマンショック、そして2009年には新型インフルエンザの流行がありました。HIV/エイズ対策の観点からもそれは試練でした。その中で国際的には治療の普及が継続し、国内では戦略研究による成果が積み上げられていきました。
 その3では、そのような時期に発行されたTOP-HAT News第11号(2008年11月)から第15号(2009年7月)までの巻頭の5本を再掲します。最初に5本の見出しを紹介しましょう。
《東京都がエイズ対策でパブリックコメント募集》(第11号 2008年11月)
《金融危機の世界とHIV/エイズ対策》(第12号 2009年1月)
《東京都エイズ専門家会議が「最終報告」》(第13号2009年3月)
《新型インフルエンザ報道とエイズ対策》(第14号 2009年5月)
《ケープタウン会議から》(第15号 2009年7月)

 第14号では、当時の新型インフルエンザの報道に関連して、こう指摘しています。

 《感染症に関して洪水のように報道があふれ出す「報道洪水期」には、時期も対象となる疾病も異なっているのに、どこか共通する気分が世の中に広がっていきます。端的に言えばそれは、感染した人の排除が強調され、病を得て困難に直面している人に対する想像力が著しく失われていく結果ではないでしょうか。恐怖と不安の感情に乗っかった(場合によっては、便乗した)ような報道がそれに拍車をかけます》

 苦い教訓を積み重ねてきたのだから、さすがにもう同じことは繰り返さないだろう・・・と思いたいけれど、どうもそうでもなさそうです。

東京都がエイズ対策でパブリックコメント募集(第11号 2008年11月)

 今後5年程度をめどにしたエイズ対策のあり方について、東京都エイズ対策専門家会議が「東京都におけるエイズの現状~現在の課題と今後の方向性~(中間報告)」をまとめた。この中間報告について、東京都が11月20日から12月3日までパブリックコメントを募集している。
 東京都は中長期的なエイズ政策を進めるための「エイズ対策推進計画(仮称)」を今年度中に策定する方針で、その基本的な考え方について、エイズ対策に関係する各分野の専門家らで構成する専門家会議がこれまで検討を進めてきた。中間報告は検討結果を集約したもので、エイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染拡大の防止とHIV陽性者に対する支援、エイズ対策への理解を広げるための啓発活動の強化などの必要性が強調されている。
 報告は(1)エイズについて(エイズの特徴とこれまでのエイズ対策)、(2)東京都のエイズの現状(全国および諸外国と比べて)、(3)東京都の現状から浮かび上がる課題と今後のエイズ対策の方向性・・・の3部構成。パブリックコメントで広く都民から得られた意見を踏まえ、最終的な専門家提言がまとめられることになっている。
 コメントは電子メール、ファクス、郵送で受け付けており、中間報告のポイントと全文、コメント応募方法などは、都の公式ウエブサイトの《東京都エイズ専門家会議「中間報告」パブリックコメントの実施について》で見ることができる。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/public_comment/index.html

金融危機の世界とHIV/エイズ対策(第12号 2009年1月)

 苦難の2009年が幕を開けました。金融危機のもとでは、HIV/エイズ対策にも費用対効果の観点から一段と厳しい視線が向けられることになるでしょう。こうした時こそ、丹念に辛抱強く、HIV/エイズに関連する情報の提供を継続していくことが大切であると考えています。引き続きメルマガTOP-HAT Newsをご購読いただくようよろしくお願いいたします。
 エイズ&ソサエティ研究会議は1990年11月に活動を開始し、2000年には特別非営利活動法人の認可を受けました。NPO法人としては10年目、発足から数えると20年目の節目を迎えます。この間に92回のフォーラムを開催し、HIV/エイズを取り巻くさまざまな課題について議論と問題提起の場を提供するとともに、必要なときには内外に向けて政策提言も行ってきました。昨年暮れにはウエブサイトもようやく再開にこぎ着けました。これまでのフォーラムのテーマについては、ウエブサイト( http://www.asajp.jp/ )の活動紹介のページに一覧表を掲載しましたので、参考にしていただければ幸いです。
 昨年12月17日に東京・三田の慶應義塾大学で開いた第92回フォーラム『金融危機の中のエイズ対策~激動の2008年の総括と09年への展望』では、ジュネーブから国際エイズ学会(IAS)のクレイグ・マクルア事務局長を招いてお話をうかがいました。
 マクルア氏は、昨年8月にメキシコシティで開かれた第17回国際エイズ会議の成果を要約しながら、地球規模のHIV/エイズとの闘いが抱える課題として(1)治療がHIV感染の予防にも大きな役割を果たしている (2)HIV/エイズ対策を保健システム全体の強化につなげることが重要である (3)HIV陽性者やHIVに感染しやすい立場に置かれている人々の人権を守ることが予防の観点からも重視されている (4)地域ごとに異なる流行の状態を理解し、実情にあわせた対策をとる必要がある-の4点を強調しました。いずれも重要な指摘です。詳細はHATプロジェクトのブログのフォーラム報告( http://asajp.at.webry.info/200901/article_2.html )をご覧下さい。
 金融危機下のエイズ対策については、マクルア氏は厳しい経済情勢のもとでも予防対策の強化や治療の普及など過去5年に達成した成果は継続させる必要があるとして、「世界の指導者たちはすでに保健医療や教育が開発の土台になることに気付いている」と語っています。「人々が健康であり、きちんとした教育を受けられることが発展の大前提である」との認識は、いまの日本にとっても非常に重要ではないでしょうか。

東京都エイズ専門家会議が「最終報告」(第13号2009年3月)

 わが国の新規HIV感染・エイズ患者報告のほぼ3分の1を占める東京の中長期的なエイズ対策のあり方について、ほぼ1年間にわたって検討を進めてきた東京都エイズ専門家会議の最終報告書「東京都におけるエイズの現状~現在の課題と今後の方向性」がまとまりました。東京都はこの最終報告に基づいて「エイズ対策推進プラン」(仮称)を策定し、今後のエイズ対策を進めていくことになります。
 報告書は、わが国のHIV感染者・エイズ患者報告が増加を続けている現状を踏まえ、HIV感染の予防啓発を重視するとともに、HIV陽性者に対する治療の提供や偏見・差別の解消など支援の重要性を強調しています。治療法の進歩により、HIV陽性者が以前と比べ、はるかに長く療養および社会生活を継続できるようになっている現状を反映したものです。予防対策の面からも治療や支援が重要な意味を持っているとの認識は、今後の東京都のエイズ対策をより現実に即し、効果の高いものにしていくうえで重要な意味をもつことになるでしょう。東京都福祉保健局のウエブサイトに報告書のポイント、および報告書全文が掲載されています(報告書全文はpdf版)。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/press/index.html

新型インフルエンザ報道とエイズ対策(第14号 2009年5月)

 メキシコから広がった豚由来の新型インフルエンザのニュースがゴールデンウィークの直前あたりから、マスメディアで連日、報道されました。その報道ぶりを見ていると、ああ、また始まったなと少しがっかりします。日本国内がエイズパニックと呼ばれる状態になる中で、洪水のような報道が続けられたのは1987年の1月から4月ごろにかけてでした。
 重症急性呼吸器症候群(SARS)が21世紀に入って最初の新興感染症の流行として登場し、これまた国内で、洪水のように報道されたのは、2003年の春から初夏にかけてです。このときは結局、国内でSARSの患者は1例も報告されませんでした。台湾から観光で日本を訪れた旅行者が再び台湾に戻ったあとで、SARSを発症したことが分かった・・・というのが唯一の事例です。それでも世の中は大変な不安に陥りました。
 感染症に関して洪水のように報道があふれ出す「報道洪水期」には、時期も対象となる疾病も異なっているのに、どこか共通する気分が世の中に広がっていきます。端的に言えばそれは、感染した人の排除が強調され、病を得て困難に直面している人に対する想像力が著しく失われていく結果ではないでしょうか。恐怖と不安の感情に乗っかった(場合によっては、便乗した)ような報道がそれに拍車をかけます。対策の担当者の中にもそうした雰囲気を追い風にして、自らの発言のアピール効果を増幅させようとするかのごとき振る舞いが見られることもあります。
 典型的な例が、水際作戦に対する過度なまでの思い入れでしょう。外から悪いものが入ってこなければいいといった発想では、地球規模でヒトもモノもウイルスも移動しているグローバル化時代の感染症対策は成立しません。エイズでもSARSでも、あれだけ苦い思いをしたのだから、この次はもうちょっとましだろうという期待もあったのですが、今回の新型インフルエンザではどうだったでしょうか。
 もちろん、《水際作戦もまた、排除を目的とするものではなく、早期に治療を提供することで、新たな感染の機会を減らし、結果としてそれが予防につながる》といった指摘も見受けられました。しかし、洪水のような報道の中では、圧倒的に少数でした。
 2009年の豚由来新型インフルエンザのウイルスは、病原性は季節性のインフルエンザと同程度と考えられています。日本で毎年冬に流行する通常のインフルエンザの診療を行っている医療機関なら、いつものように院内感染防止策を実行していれば、診療を拒む理由などまったくありません。診療ができないとすれば、それは、ごくごく当然な院内感染防止策さえ怠ってきた医療機関であることを宣伝して回るようなものでしょう。
 HIVに感染した人たちにとってもまた、通常の季節性インフルエンザとほぼ同じ対応で新型インフルエンザを受け止めることができるのではないかと思います。治療などに関して心配がある方は主治医と相談してください。

ケープタウン会議から(第15号 2009年7月)

 世界最大のHIV陽性者人口を抱える国である南アフリカ共和国のケープタウンで7月19日から22日まで、第5回国際エイズ学会HIV基礎研究・治療・予防会議(IAS2009)が開催され、6000人を超える医学研究者や臨床医、公衆衛生分野の担当者、コミュニティ指導者らが参加しました。
 エイズ対策の国際会議としては、2年に1回の国際エイズ会議が3万人近い参加者を集める大会議として有名です。IAS会議の方は、その間の年に開かれ、国際エイズ会議とくらべると、医学的な学会色の強い会議ということができます。ただし、そのような会議であっても、開会式で「アクティビストとしてのサイエンティスト」といったタイトルの基調講演があるなど、社会との関わりを強く意識したプログラムが多数組まれています。
 会議の組織委員会は期間中、プレスレリースを毎日、発表していました。その初日のプレスレリースも「医学者たちがエイズ予算の削減に対し警告」というヘッドライン(主見出し)です。会議主催者である国際エイズ学会(IAS)のフリオ・モンタネール会長は開会式で「世界的な景気後退の中にあっても、HIVの予防と治療の普遍的アクセスの達成に向け十分な資金を確保するという約束、およびエイズ研究と保健システム強化に必要な資金の提供などを含む世界のHIV対策を抑え込むようなことがあってはならない」と訴えました。
 昨年9月のリーマンブラザースの破綻以降、世界を覆った金融危機は、保健分野にも大きな影響を与えています。しかし、この10年の努力の成果がようやく見えはじめてきたいま、地球規模のエイズ対策が資金不足から停滞するようなことがあれば、その小さな成果すらも台無しになり、たくさんの人の生命が奪われ、何年かあとにはより大きな資金負担を強いられることになる。それはエイズ対策に長く取り組んできた人たちには自明のことといってもいいからです。
 地元組織委員会を主導する南アフリカのNGO「ディラ・センウェ」の代表で、会議の共同議長であるフーセン(ジェリー)コーバディア博士はこの会議が、まさしく開かれるべき時期に、開かれるべき場所で開催されたことを強調し、「治療薬の供給が妨げられ、不足する中で、助かるはずの生命が失われ、予防が可能な無数の人たちが感染する。こうしたことがないよう、われわれはアフリカにおける保健医療の提供システムが、効果的かつ適切な資金のもとで運営できるようにしていかなければならない」と語っています。
 コーバディア博士の「開かれるべき場所と時期」というのは、2000年7月に同じ南アフリカ共和国のダーバンで第13回国際エイズ会議が開催されていることを受けた発言です。9年前のダーバン会議は、HIV治療には先進国と途上国の間で大きな地域格差が存在することを世界に広く伝え、低所得国のHIV陽性者のために治療のアクセスを確保する動きが大きく盛り上がる出発点となった会議として位置づけられています。
 2000年7月というのは、ダーバン会議が開かれ、さらにそのすぐ後に開催された九州沖縄サミットで議長国日本が、エイズを中心とする地球規模の感染症対策に新たな追加的資金が必要であることを各国首脳に呼びかけています。こうした動きが先進国、途上国の両方で起きたことが、2年後の世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の創設につながり、21世紀の最初の10年に大きな成果をもたらす世界のエイズ対策の骨格をつくることになりました。
 日本から遠く離れたケープタウン会議については、残念ながらあまり日本国内で話題になることはありません。しかし、エイズ対策の歴史という観点からもう一度、見直してみると、どこか遠くの方で開かれている会議といったよそよそしい印象とはまた異なる意義が見えてくるはずです。治療のアクセスはダーバン会議当時に比べれば劇的に拡大されました。それでもまだ、流行の拡大ペースには追いつけないでいます。例えば南アフリカでは推定570万人(成人人口の5人に1人)がHIVに感染していますが、必要な治療を受けられる人は、そのうちの60万人にとどまっています。
 エイズ&ソサエティ研究会議のHATプロジェクトのブログでは、微力ながらもケープタウンのIAS2009のプレスレリースをできるだけ日本語に訳して紹介するよう努めました。抗レトロウイルス治療を予防に応用することはできるのか、HIVに感染したお母さんが母乳保育で赤ちゃんを育て、なおかつお母さんから赤ちゃんへのHIV感染を防ぐためにはどのような母子感染防止策が必要か・・・といった非常にホットな研究の成果がたくさん報告されています。ご関心がお有りの方は、HATプロジェクトの7月分のブログをご覧ください。http://asajp.at.webry.info/200907/index.html