企業とエイズ

企業とエイズ

経験に学ぶ1

 日本はエイズに対する社会の関心が低いので、対策の成果がなかなか上がらない。そうした指摘がしばしばなされてきました。本当にそうなのでしょうか。企業や学校を訪ねてお話をうかがうと、必ずしも関心が低いわけではなさそうです。

 たとえば、エイズという病気の名前を知らない人はまず、いません。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)というウイルスが病原体となる感染症であること、HIVに感染しているかどうかは血液検査で調べられること、HIVに感染してもそれがすぐに死を意味するわけではないこと、HIVの感染経路は限られており感染を防ぐ予防の手だては取りうることなどについても、かなり多くの人が知っています。

 それでも毎年のHIV感染者、エイズ患者報告数から判断すると、日本国内のHIV感染は確実に拡大を続け、エイズ対策が成功しているとはいえない状態であると考えざるを得ません。企業の社会貢献活動などを担当する方々からは「エイズ対策は確かに重要だと思いますが、どう取り組んでいいのか・・・」「うちは環境問題に力を入れているので、エイズまではなかなか・・・」といった声も聞きます。初動の積極的な動機付けがなかなかできないという印象です。

 社員がHIVに感染したらどう対応するか、あるいはHIVに感染しないようにするにはどうすればいいのかといった組織としての《危機管理の視点》はもちろん大切ですが、企業のエイズ対策はそれにとどまるものではありません。もう少し枠を広げて考えてみましょう。

 1.HIV感染の予防に関する知識を伝えるとともに、HIV感染を理由にした雇用、就労上の差別や偏見を防止するための従業員に対する研修
 2.すぐれた商品流通力、マーケティング技術など企業の特性を生かした顧客への情報の伝達
 3.HIV/エイズ対策に役立つ商品開発を通じた新たなマーケットの拡大
 4.企業のブランド力を生かしたHIV/エイズ対策分野への社会貢献

 すでにエイズ対策と取り組み始めている企業はどうなのでしょうか。先行企業の事例を紹介します。

秘訣1

企業の特性を生かし、小さくても具体的な行動から始める サンスター社の場合

 大阪府高槻市に本社があるサンスターは2005年7月、神戸で開催された第7回アジア・太平洋地域エイズ国際会議(ICAAP)に支援企業としてブースを出展し、展示会場にHIV/エイズ啓発のシンボルであるレッドリボンをモチーフにした大きなリボン・オブジェを制作して話題を集めました。ブースを訪れた会議参加者に小さな赤いリボンを配り、それをピンでオブジェに刺していく。その結果、「一人ひとりの小さな力も、たくさん集まれば大きな力になる」というメッセージを伝える企画でした。
 また、神戸会議では同社広報室のスタッフがメディアセンターのボランティア・スタッフとして参加し、世界中から集まったジャーナリストの対応に当たっています。広報のプロフェッショナルの応援は会議の運営にあたった組織委員会からも非常に感謝されました。

――大活躍ですね
 「自分たちのできることに少しずつ、手探りで取り組んでいるだけなのですが。まだ、始めたばかりで、そんなに大きなことはできませんよ」

 会議終了後に広報室の鈴木久美子課長にお話を聞きました。鈴木さんはちょっと遠慮がちでしたが、国内のHIV/エイズの啓発活動に取り組む企業はほとんどが外資系といった状況のもとで、ICAAPにおけるサンスターの存在は貴重であり、広報という専門性を生かしたかたちでのボランティア参加もユニークかつ有益なものでした。

 「弊社にはオーラルケアなどの分野で企業として社会貢献、地域貢献の蓄積があるので、健康問題への社会貢献意識がもともと高かったことは確かです。でも、HIV/エイズに関しては、社内でもあまり関心は高かったといえません」

――それなのに、どうして?
 「学生時代からHIV/エイズ分野のNPO活動などの経験のある若手社員がたまたま広報室にいました。彼女の存在が大きかったと思います。若手社員も積極的に意見が言える雰囲気が社内にあったこと、そして、企業と社会をつなぐ仕事を担当する広報というセクションで取り組めたことも、参加がしやすかった理由かもしれません」

 鈴木課長が「大きな存在感」を評価する吉田智子さんは当時入社5年目でした。広報室で活躍する吉田さんにもちょっと、お話を聞いてみました。

――どうしてエイズ対策を?
 「学生時代に『RENT』というミュージカルを見て、エイズの流行は私たち若者にとって無関心ではいられない、大変な問題なのだということを強く感じました。日本の大学の卒論はエイズアクティビズムをテーマに選び、さらにニューヨーク大学(NYU)に進学したのも『RENT』がきっかけでした」

 『RENT』は1996年にトニー賞の作品賞など主要4部門を受賞したミュージカルです。映画化もされ、日本国内での公演もあったので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。ニューヨークのグリニッチビレッジにある安アパートで暮らし、月々の家賃(レント)の支払いにすら事欠く若い芸術家たちの姿を描き、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の現代版とも言われています。19世紀のパリの下町では、若い芸術家たちが結核で倒れ、夢を奪われていったのに対し、『RENT』の若者たちの前に立ちはだかる困難な試練としての病気はエイズでした。

 吉田さんが留学したNYUは、その『RENT』の舞台にもなったグリニッチビレッジにキャンパスがあります。

――エイズの流行は若者の文化や芸術にも大きな影響を与えました。
 「ええ、それに政治や経済、企業活動にも。世界のエイズの流行は保健医療だけでなく、いろいろな分野に大きな影響を与えています。学生時代からNPOの活動や国際会議に参加し、そうしたことを少しずつ知るようになりました。とくに途上国の流行は深刻ですが、それを放置しておけば、結局は先進国も大きな打撃を受けることになります」

――グローバル・イシューというわけですね。
 「貿易や安全保障などの観点からも見過ごしにできる問題ではありません。マーケットが不安定化すれば企業は打撃を受けざるを得ない。国連を中心にした世界のエイズ対策の枠組みには各国の代表的な企業が積極的に参加しています。日本国内でHIV/エイズ対策に比較的、高い関心を示す企業に外資系企業が多いのもたぶん、そのためだと思います」

 吉田さんによると、エイズ会議への参加に対し「企業にとってネガティブに働くのではないか」という慎重論が社内になかったわけではないということです。それでも、「手を上げた人にはやらせてみよう」という企業風土に支えられて参加が実現し、その成功体験を通じ、継続して支援していく機運が高まっていきました。2005年11月には組合支部役員研修、2006年4月には新入社員研修が開かれ、本社玄関受付にレッドリボン・オブジェが展示されるなど、エイズ対策を自らの問題としてとらえようとする動きも広がっていきました。

 社会貢献活動の成果では、2006年4月22、23の両日、東京・渋谷の「ヨシモト∞ホール」前でエイズ啓発イベントを実施しました。ちょうど映画『RENT』の一般公開直前だったため、映画にあわせてエイズを含めた若者の直面する問題に関心を高めていこうという狙いで、ここでもキャンペーンの中心はレッドリボン・オブジェ作りでした。吉本興業所属の若手芸人がファンらに参加を呼び掛け、2日間で約4,000本の小さなリボンを刺したオブジェが完成しました。

 サンスター社のHIV/エイズ対策への貢献活動は、実行可能なところから少しずつ活動の枠を広げています。その成功体験をうまく企業活動に還元していくことができれば、活動の選択肢はさらに広がることになるでしょう。その意味では、エイズ対策に取り組むNPOなどにも逆に、企業が関与しやすい条件や企業の貢献をこまめに評価していける仕組みを工夫していくことが今後、さらに求められることになりそうです。

経験に学ぶ2

秘訣2

キャンペーン成果を分野横断的に活用し、企業の潜在力を高める THE BODY SHOP(ザ・ボディショップ)の場合

 ハーブや木の実といった天然原料のスキンケア、ボディケア製品で若い女性に人気のあるザ・ボディショップは1997年からAIDS啓発キャンペーンに取り組んできました。店頭で缶入りコンドーム(カンドームと呼ぶそうです)を販売した時期もあり、意外というか、当然というか、12月のホリデー・シーズンにはクリスマスのギフトとして「チョー、カワイー」と人気を集めたそうです。

 エイズ・キャンペーンは若い女性に敬遠されるどころか、かえって企業イメージのアップにつながりますよ。たとえば・・・と何度、説明しても、「弊社は環境問題に力を入れていますので」などと企業の社会貢献課題としてのHIV/エイズ対策は敬遠されてしまう。そんなケースが多い中で、ザ・ボディショップの経験は貴重です。

 たとえば・・・。ザ・ボディショップの場合はどうだったのか。英国ザ・ボディショップのヘッド・フランチャイジーとしてショップを全国展開する株式会社イオンフォレストのバリューズ推進室室長、藤田紀久子さんにお話をうかがいました。

――藤田さんには愚問かもしれませんが、どうしてエイズ啓発キャンペーンなのですか。
 「愚問なんて、とんでもありません。私たちも手探りで始め、やっとここまで来ているわけですから。ザ・ボディショップはビジネスを通じ社会の変革に貢献することを企業理念に掲げていて、それぞれの市場ごとのキャンペーンにはその地域のローカル・イシューを取り上げています」

――日本ではそのローカル・イシューとして1997年からエイズ啓発キャンペーンが取り上げられてきました。どうしてエイズは日本の地域的なイシューなのか。少し意外な感じもしますが。
 「まず1990年代半ば以降の社会的関心の低さがあります。そして、先進国の中で唯一、HIV感染報告もエイズ患者報告もともに増加を続けているという現実もありました。しかも、HIVは性行為によって感染が広がるわけですから、どんな病気なのか、どうすれば予防できるのか、HIVに感染した人とどのように接したらいいのかといったことをお客様である若い女性に伝える必要があるし、全国の店舗を通じてそれを伝える能力もある。そう考えました。もちろん、最初は何ができるのか、手探りの状態だったので、アロマ商品の売り上げの一部をエイズ対策のNGOに寄付することから始まりました」

 その後、ザ・ボディショップのスタッフはエイズに関する知識や情報を掲載したリーフレットやニューズレターを作成し、店頭で配布するようにもなった。エイズはみんなの問題ですと呼びかけたり、エイズ孤児の状況を伝えたり、テーマは毎年、変えていったという。

――カンドームを発売したのは2000年のキャンペーンのときですね。
 「コンドームはHIV感染の予防に有効ですが、使用の知識が正しく伝わらないと、その有効性も損なわれてしまいます。たとえば、ポケットや定期入れの中にずっと入れていたのでは、素材が劣化してしまいます。そこから発想を一歩進めて、安全に保管できる缶入りのコンドームを開発し、それが話題になれば、エイズを自分の問題として捉えてもらうことにもなります。社内でカンドームの開発を提案したときには賛否両論、いろいろありました。それでもお客様には好評で、缶のデザインは何回も変えてきましたが、新しいデザインが出るたびにコレクションしているお客様もいました。キャンペーンの時期が毎年、世界エイズデー(12月1日)の前後で、クリスマス・プロモーションと重なっていることも追い風になったと思います。ギフトとして若い女性が抵抗感なく購入できるようですね」

 カンドームの販売も2008年まででいったん打ち切られました。英国本社がエシカル・ソーシング策を強化したことに伴い、カンドームのように現地が調達する製品が制限されたためですが、現在は2011年以降の再発売について検討中だそうです。

 社会貢献のキャンペーンが商品開発や顧客の確保にもつながるようになると、マーケティングや商品イメージの伝達能力、販売網など個々の企業が持つ強みが一段と生かされ、キャンペーンのパワーは2倍、3倍と増していく。一方でショップの販売スタッフにもやりがいや自社ブランドに対する誇りなどの意識が高まり、社会貢献と営業活動の両方にプラスの相乗効果が期待できるようになる。若い男女にとっての(おじさんやおばさんにとっても実はそうなのですが)重大関心事である愛や性に関する課題に正面から踏み込んでいくという点で、HIV/エイズの啓発キャンペーンは企業にとって多少のリスクを伴うかもしれないが、それ以上に大きなベネフィットが期待できる領域といえるだろう。
 「店頭からの発信ということで、HIV/エイズ啓発のシンボルであるレッドリボンをお客様がひとつずつクリスマスツリーにつけていくレッドリボンツリーを設置したり、応援のフォトメッセージを募集したり、レッドリボンの服を着せたシロクマのマスコットを販売したり・・・と毎年、工夫していろいろなことを行なっています。2006年の夏にはMTV、タワーレコードと3社がBe Sexy, Be Safeを共通プラットフォームとして共通webサイトを設け、それぞれの啓発活動につなげました」

 10周年となった2007年から2009年までの3年間は、世界のザ・ボディショップがグローバル・キャンペーンとしてHIV/エイズの啓発活動を取り上げ、MTVとともに世界的なキャンペーンを展開してきました。「2010年度からさらに新しい切り口でグローバル・キャンペーンを展開して参ります」ということです。

――日本発の世界キャンペーンですね。
 「もちろん、HIV/エイズの流行が深刻な地域では、それぞれのローカル・イシューとしてHIV/エイズに取り組む動きはそれまでにもありました。地球規模の深刻な課題であることはいうまでもありません。ただし、日本の実績や2003年からのMTV Japanとのコラボレーションが評価され、新たな世界展開につながったことは確かです。私たちも10年間、エイズ予防財団やNPO、NGOの皆さんの協力と支援を得ながら、続けてきて本当に良かったと思っています。これからもブランドをうまく生かしながらできる貢献活動を工夫し、いろいろと考えていくつもりです」

 THE BODY SHOP(ザ・ボディショップ) 英国女性アニータ・ロディックさんが1976年に創業した化粧品専門店。商品の提供に加え、「社会と地球環境の変革を追求し、ビジネスを通じて世界に貢献し続けていく」という企業理念を共有できる事業者とパートナーを組み、世界各国でフランチャイズ店を展開している。

HIV感染と就労 ~課題の再検証を~ TOP-HAT News第41号(2012年1月)から

 新しい年がスタートしました。今年もよろしくお願いします。2012年の年明け早々、HIV/エイズ対策の重要性を改めて痛感させるニュースが伝えられました。地元の西日本新聞は1月13日夕刊で次のように報じています。

 《HIVの検査をした大学病院が、勤務先の総合病院に無断で検査結果を伝えたため、休職を強要されその結果、退職を余儀なくされたとして、福岡県内の看護師が、両病院を経営する2法人に対し、約1100万円の損害賠償を求め、県内の地裁支部に提訴したことが13日、看護師の代理人弁護士への取材で分かった。厚生労働省のガイドラインは、医療現場を含めた職場でHIV感染が就業禁止や解雇の理由にならないと規定している》

 裁判で係争中の案件ですが、訴えの通りだとすると、病院側には2つの点で問題があります。ひとつは、検査の結果が大学病院から本人の承諾なしに勤務先に伝えられていること、そして、もう一つはHIV感染を理由に休職、解雇していることです。医療現場におけるこのような事例は実は今回だけではなく、たとえば日本看護協会のウエブサイトには《HIV感染した看護職への勧奨退職報道について》として看護職を対象に次のようなお知らせが掲載されています。

 《2010年4月30日、病院勤務の看護師が「無断でHIV感染検査をされ、陽性を理由に退職勧奨を受け退職した」と訴えているとの新聞報道がありました。
同日、「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(厚生労働省)が改訂され、医療機関も感染者への差別禁止の例外ではないことが改めて示されました。
 日本看護協会は、感染症法、厚生労働省ガイドライン、ICN所信表明などの趣旨を受けて、HIVに感染した看護職の人権を守るよう、呼びかけます》

 詳細は日本看護協会のサイトでご覧ください。
http://www.nurse.or.jp/nursing/oshirase/hiv.html

 HIV感染と就労に関しては、繰り返し、粘り強く、理解を広げて行く努力が必要です。これは医療の現場のみに限るものではありません。その意味で、世界エイズデーのキャンペーンの一環として昨年12月13日に開催された平成23年度 東京都エイズ予防月間講演会「働く世代に多いHIV陽性者 ~周囲の正しい理解で働き続けられる~」には改めて注目しておく必要がありそうです。東京都保健福祉局のサイトには実施報告が掲載されているので、お読みください。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/yobo_gekkan/yobo_g_keihatsu/index.html

 プログラムの中の「HIV陽性者と共に働くためのポイント」と題した座談会では、実際にHIV陽性者の雇用に取り組んだ企業の人事担当者の貴重なお話を聞くことができました。以下に少し詳しく報告しましょう。

企業でHIV陽性者と共に働くためのポイント

 座談会は、HIV陽性者と企業の双方からHIV感染と就労に関する相談を受けている特定非営利活動法人ぷれいす東京の相談員、生島嗣さんが司会役を務め、アクサ生命保険人材開発部能力開発部長でチーフダイバーシティオフィサーの金子久子さん、および障害者枠でHIV陽性者を雇用している別の企業の人事担当者のお二人がHIV陽性者を採用した際の体験を話されました。

 アクサ生命はフランス発祥のグローバル企業、AXAグループの日本法人で、HIV陽性の男性を雇用しています。職場で感染することはなく、健保組合にも過大な負担はないという認識がすでにあったうえ、企業の方針としてダイバーシティ(多様性)を重視し、《すべての社員の多様な能力、革新的なアイデアをビジネスに活かし、組織全体の業績アップに結びつける》という考え方が社内に共有されているため、HIV陽性者の採用を当然と受け止める環境があることがお話からも伝わってきました。

 一緒に働く人には知っておいてほしいという陽性者本人の希望から、入社の少し前に職場の同僚となる社員には知らせたが、その段階では、年配の人は拒否反応が強く、若い人は逆に、なんでそんなにこだわるのという感じだったということです。もちろん、頭で理解することと心の反応は異なる面もあります。一緒に働くことで当初の懸念は解消され、HIV陽性者が働いていることが社会に知れたら大変なことになるといった心配に関しても、結果としては拍子抜けするほどに何もなかったということです。

 もう一社は大手企業が100%出資する特例子会社で、「HIV陽性だからという理由で受け入れられないということはない。仕事ができればいい」として3カ月の試用期間を経て、HIV陽性者を一人、採用しています。

 もちろん、HIV陽性者本人の同意を得たうえでの参加が前提になりますが、HIVエイズに関連する社会的な偏見や差別の存在がいまなお指摘され、実際に医療機関における解雇事例などもあることを考えると、こうしたかたちで企業が積極的に座談会などに出席し、経験を伝える機会を持つことは非常に重要です。金子さんはHIV陽性者とともに働くことを通じて生まれた変化について「モンスターは消え、どこにでもいる同僚であり、仲間であるようになります。もっと社員を信じていい」と話しています。一緒に仕事をし、具体的に助けたり、助けられたりといった業務遂行上の体験が積み重ねられていくことで、不安は解消されていったようです。

 ビジネスにとって重要なのは、多様な人材を確保し、その能力を生かすことであり、それが競争力の確保にもつながります。その意味で、HIV感染の有無が人材の確保や活用に影響することは企業にとっての大きな損失であり、結果として競争力の低下を招くことにもなります。座談会に出席された二人の採用担当者は、ともにこの点を強調していました。また、企業側がHIV陽性者の雇用に対し、あらかじめ抱いていたいくつかの懸念に関しても、実際に雇用してみると、実は案ずるよりは産むが易しという感じで解消されていったということです。

 こうした《グッドプラクティス》事例が少しずつでも増えていき、情報として企業の間で共有されることが、HIV/エイズにまつわる社会的な偏見と差別の解消に大きな力となる。そのことが説得力を持って伝わってくる座談会でした。