その17(2014年4月~2014年7月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その17(TOP-HAT Newsから)

 2014年4~7月のTOP-HAT Newsから。6月にブラジルでサッカーW杯が開催され、7月には国際エイズ会議がオーストラリアのメルボルンで開かれた時期です。その17では、そうした国際的なイベントと連動したHIV/エイズ啓発の動きを報告するとともに、国内におけるNGOと行政との連携事例集も紹介しています。また、国連広報センターと当HATプロジェクトとのささやかな連携事例についても取り上げました。『最も勇敢な私の友達』の日本語版字幕付き動画はyou tubeで観ることができます。

ゴールを守れ 第68号(2014年4月)

 冬季五輪に続き、6月にはサッカーW杯が開催されるので、今年はスポーツの年という印象が強いですね。国連合同エイズ計画(UNAIDS)は国際オリンピック委員会(IOC)とも、国際サッカー連盟(FIFA)とも合意文書を交わし、協力してエイズ対策に取り組んでいます。スポーツの大会は若者にエイズの知識を伝えるうえで極めて訴求力の強い機会であり、逆に若者がエイズ対策に理解を深めることは、HIV感染の予防やスポーツの振興という観点からも重要です。
 FIFAワールドカップ2014は6月12日(日本時間6月13日)にサンパウロで開幕します。開幕試合はグループAの地元ブラジル対クロアチア戦。日本代表の初戦は14日(日本時間15日)のコートジボアール戦です。
 日本代表がどこまで勝ち進めるかといった話題と異なり、日本国内ではあまり関心が持たれていませんが、UNAIDSは大会に向けて《Protect the Goal(ゴールを守れ)》というHIV/エイズ啓発キャンペーンを展開しています。UNAIDSのプレスレリースによると、3月5日に南アフリカのヨハネスブルグにあるサッカーシティスタジアムでキャンペーン世界ツアーのキックオフイベントが行われました。HIV/エイズとの闘いも試合開始というわけですね。プレスレリースの日本語仮訳がHATプロジェクトのブログに掲載されています。

 《UNAIDSがProtect the Goal(ゴールを守れ)キャンペーン世界ツアーを南アフリカで開始》
http://asajp.at.webry.info/201404/article_6.html

 サッカーシティスタジアム? 最近どこかで聞いた覚えがあるような・・・と思った方もいるのではないでしょうか。2010年のFIFAワールドカップ大会で決勝戦の舞台となった収容人員9万4700人の大規模スタジアムです。昨年12月10日には南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の追悼式典会場となり、世界中のメディアが中継したので、そちらの印象の方が鮮明かもしれません。
 Protect the Goalキャンペーンは2010年W杯で初めて実施され、4年後の今回が2回目となります。目的は、「エイズから自由な世代」という目標に向けて世界が結束して行動するためにスポーツの高い人気と動員力を活用し、「HIV新規感染者ゼロ、差別ゼロ、エイズ関連の死亡ゼロ」というUNAIDSの「3つのゼロ」ビジョン実現に向けた支援を行っていくことです。目標の実現には気の遠くなるような時間がかかるかもしれません。
 しかし、世界のエイズ対策関係者の多くが「何とか流行を克服することが可能になりつつあるのではないか、少なくともその手応えはある」と思い始めています。過去10年余りの予防対策や治療の普及の成果というべきでしょう。「ゴールを守れ」というスローガンはどちらかというと、守備的な印象を受けます。もちろん、感染を予防するための行動を少年少女に呼びかけるには守りのメッセージも必要です。
 ただし、現状は守勢一方というわけではありません。この30年余りのHIV/エイズとの闘いを大きく俯瞰してみれば、治療の進歩と地道な現場の対策の積み重ねにより、HIVの新規感染は1990年代半ば以降、減少の傾向にあります。年間のエイズによる死者数も減りつつあります。世界が協力して少しずつディフェンスラインを押し上げ、何とか中盤でボールを支配できる可能性が出てきた。サッカーの試合に即していえば、そんな展開も期待できそうです。

『最も勇敢な私の友達』 第69号(2014年5月)

 アフリカの小さな村で暮らすHIV陽性の少年とその友達の少女を主人公にした絵本『最も勇敢な私の友達』(原題:The Bravest Boy I Know)は、HIVに感染した子供たちがいま、治療の進歩により、世界中で学校に通い、友達と遊び、元気に暮らしていることを美しいイラストとともに伝えています。国連合同エイズ計画(UNAIDS)と国連世界観光機関(UNWTO)の関連財団が共同で刊行し、UNAIDS公式サイトからウエブ版の絵本やビデオがダウンロードできるようになっています。
http://www.unaids.org/en/resources/campaigns/2014/20140508thebravestboyiknow/

 ゾウのように強く、チータのように速く、ライオンのように勇敢に・・・。素晴らしいですね。でも服薬を続けるのは簡単なことではありません。気分が悪くて一日中、眠くなることもあります。残念ながらすべて英語・・・と思っていたら、国連広報センターがビデオの日本語字幕版を作成し、同センターの公式サイトにアップしています。こちらをご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=IK9ODCKel4U&list=UUG_ZRAiAw0d2DzO4N5YTsaw

 UNAIDSのサイトには『Children and HIV(子供とHIV)』というファクトシート、および学校や家庭で絵本を読んで話し合うための手引き(Discussion Guide)も掲載されており、こちらの日本語仮訳はHATプロジェクトのブログで見ることができます。

 子供とHIV ファクトシート
http://asajp.at.webry.info/201405/article_6.html
 『最も勇敢の私の友達』話し合いの手引き
http://asajp.at.webry.info/201405/article_7.html
 《HIV予防のサービスが拡大したことから、2012年には子供のHIV新規感染が2001年より52%も減少している。大きな成果というべきなのだが、それでも子供のHIV新規感染者数は依然として受け入れがたいほど多い》
 ファクトシートは世界のHIV母子感染の現状をこう指摘しています。データを紹介しておきましょう。

HIV陽性の子供の数 330万人[300万~370万人]
治療が必要な子供の数 190万人[170万~220万人]
治療を受けている子供の数 65万人
年間の子供のHIV新規感染 26万人[22万~32万人]
エイズ関連の子供の年間死者 21万人[19万~25万人]
子供の1日平均HIV新規感染者数 700人
子供の1日平均エイズ関連死亡者数 600人
(子供は15歳未満)

 いますぐ治療が必要な子供は190万人もいるのに、そのうち125万人は治療を受けることができません。治療を受けなければHIV陽性の子供の半数は2歳未満で死亡し、5歳の誕生日を迎えることはほとんどできない。絵本の主人公の男の子ケンディには大きな希望がありますが、その一方で、治療が必要な子供の3分の2は治療を受けることができず、ケンディのように学校に通える年齢まで成長することも望めない。それもまた、途上国の厳しい現実です。
 HIVの母子感染をゼロにすることは世界のエイズ対策の大きな目標の一つです。同時に、いま治療を必要としている子供たちが治療を受けられるようにすることも非常に大切です。また、治療を受けている子供たちが元気に成長し、生活していけるような環境を整える。このこともまた非常に重要です。そのためにはどうしたらいいか。それを考えていく上では「話し合いの手引き」が参考になりそうです。
 ビデオの日本語字幕は今回、国連広報センターが作成し、ファクトシートや話し合いの手引きの日本語仮訳は特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議がまとめています。それぞれの担当者が必要性を独自に判断して作業を開始し、互いの動きを知って協力体制が生まれました。国連機関とNPOの連携協力という意味でも、ささやかながら貴重な成果です。日本語で絵本をお楽しみいただくとともに、啓発活動などに活用してください。

メルボルン宣言『誰も置き去りにはできない』 第70号(2014年6月)

 オーストラリアのメルボルンで7月20日に開幕する第20回国際エイズ会議に先立ち、会議の組織委員会が「メルボルン宣言」を発表しました。『Nobody left behind(誰も置き去りにはできない)』と題された宣言は、世界の研究者やエイズ対策関係者から広く賛同の署名を募ったうえで、会議開催期間中に公式宣言として採択される予定です。
 2年ごとに開催される国際エイズ会議は、HIV/エイズ分野で最大の専門家機関である国際エイズ学会(IAS)が開催国の地元組織委員会の協力を得て主催し、世界中から2万人前後の医師や研究者、エイズアクティビスト、行政官らが参加する巨大会議です。最近は会議開催時点での重要課題をメッセージとして取り上げ、宣言のかたちで広く世界に発信するようになりました。たとえば、2010年の第18回ウィーン会議ではWar on Drug(麻薬戦争)アプローチではなく、「科学的根拠に基づく薬物政策」を世界に要請するウィーン宣言が発表され、2万人以上の署名を集めています。
 また、2年前の第19回ワシントン会議では『TURNING THE TIDE TOGETHER: A DECLARATION TO END THE AIDS EPIDEMIC(力を合わせて流れを変えよう:エイズ流行の終結に向けた宣言)』がタイトルでした。治療の進歩を背景に「この会議がエイズ流行の終わりの始まりになる」ということを強く印象づけたいとする開催国・米国の意向が反映された宣言といえそうです。
 今回のメルボルン宣言も、治療の進歩がエイズの流行を克服するための大きな力になるとの認識がベースになっていますが、医学だけでは問題は解決しませんよという点にメッセージの力点が置かれています。エイズ&ソサエティ研究会議のHATプロジェクトのブログには宣言の日本語仮訳が掲載されているので、ちょっと見てみましょう。
http://asajp.at.webry.info/201405/article_8.html
 《弱い立場の人たちのHIVに対する脆弱性をより深刻化させるような政策や行為につながる差別的な法執行、および差別的で有害な立法が続いていることに対し、私たちは重大な懸念を共有しています。こうした法律や政策は、社会から排除されがちな人たちに対する過激な暴力を扇動し、偏見を助長し、HIV対策を妨害するものであり、社会正義や平等、人権の実現を阻み、HIV陽性者やHIV感染の高いリスクにさらされている人たちの保健へのアクセスを妨げるものです》

 宣言の中のこうした記述は、世界各地で性的少数者を犯罪者として扱う立法や政策、法執行がなされる事例が相次いで報告されていることへの憂慮と危機感が強く表明されています。たとえば昨年12月にはインド最高裁が同性愛行為を犯罪とする刑法に合憲の判断を示し、今年に入ってからはナイジェリアとウガンダでこれまで以上に厳しい罰則を定めた反同性愛法が成立しました。
 医学研究の成果を予防対策や治療の普及につなげることはいま、世界でも、日本国内でも、共通の重要課題です。しかし、医学だけでその課題に対応することはできません。わが国のエイズ対策の基本的考え方をまとめたエイズ予防指針の中で、個別施策層への配慮の必要性が繰り返し指摘されてきたのもこのためでした。メルボルン宣言は、この点を改めて確認するメッセージでもあります。

案ずるより産むが連携 第71号(2014年7月)

 エイズ対策は行政だけで進められるものではないし、行政を抜きにして成立するものでもありません。同じことはエイズ対策に取り組むNGOやNPOにも言えるでしょう。HIV感染予防やHIV陽性者の支援のためのきめの細かい活動は、現場に最も近いところにいるNGOやNPOを抜きにしては成立しないけれど、逆にNGOやNPOだけで支えきれるものでもありません。
 ずいぶん前からCBO(コミュニティにベースを置いた組織)といった表記が使われているのも、サービス提供の対象となる人たちと価値観を共有する組織、あるいは対象となる人たち自身が担い手でもある組織の強みを巧まずして言い表しています。ただし、対策の全体像のすべてをそうした組織が担いきれるわけではないということは、実際にさまざまな対策に取り組んでいる皆さんが、日々の活動の中で誰よりも痛感していることでもあるでしょう。
 エイズ予防財団が最近、発行した『NGOとの連携によるエイズ対策事例集』には、厚生労働省の「HIV感染症およびその合併症の課題を克服する研究」班がほぼ2年がかりで国内のHIV/エイズ対策の連携事例を調査した成果がまとめられています。
 長期にわたって継続するエイズの流行に対応するには、行政機関とNGOやNPOとの信頼関係に基づく協力と連携が不可欠なことは、厚労省のエイズ予防指針の中でも繰り返し強調されてきました。ただし、現実にどのような協力と連携が行われているのか。その様子はあまり経験として共有されていない印象もあったので、そうした欠落を補う貴重な資料といえるでしょう。
 20ページ余りのカラフルな冊子には「思春期の性的マイノリティ支援から始まる性感染予防」「待ってるだけじゃ始まらない?地域でのアウトリーチ活動」「NGO・当事者とともに考えるエイズ啓発」など7つのテーマのもとに、行政とNGOやNPOが協力してエイズ対策に取り組んでいる全国の事例13件が紹介されています。丹念に実践事例を集めていくと、様々な試みが続けられ、成果をあげていることが分かります。
 もちろんこの13例がすべてというわけではありません。日本全体を見渡せば、もっとたくさんの連携事例があるはずです。その中には、努力はしているものの、必ずしもうまくいってはいないケース、資金的な裏付けがあればより大きな成果を生み出せるのに、いまは限定的な成果にとどまっているようなケースもあるはずです。
 また、紹介された事例の中にも、せっかくここまで成果があがるようになったのに、昨今の国や自治体の財政事情や政治的な理解の欠如に抗しきれず、もう息切れしそうなケースもあるかもしれません。成果とともに課題も見えてくる。その意味でも具体的な事例を知ることは大切です。
 行政の担当者は2年か3年で代わることが多いので、意欲はあっても、どうもNGOとのお付合いの仕方が分からないという戸惑いもあります。「連携」という言葉に構えすぎると、かえって敷居が高くなってしまいます。最初のころは何かと失敗もあるし、衝突することもあるでしょう。経験値を高めるという意味では、失敗も成功のうちです。冊子の事例が「そうかこうすればいいのか」というヒントになり、もう少し地元のNGOやNPOとお付合いしてみようかという雰囲気が広がっていくと、エイズ対策をめぐる国内の風景も変わってくるかもしれません。API-Net(エイズ予防情報ネット)には冊子のpdf版も掲載されているので、こちらでご覧下さい。
https://api-net.jfap.or.jp/inspection/data/NGO_renkei_s.pdf