その15(2013年8月~2013年11月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その15(TOP-HAT Newsから)

「恋愛の数だけHIVを語ろう」第60号(2013年8月)

 国内で最高気温が41度まで上がったのは観測史上初めてということで、高知県四万十市の皆さんは暑さ対策で文字通り汗だくの夏となりました。四万十市だけでなく、今年は日本全国の各地で猛暑や豪雨に見舞われる試練の夏でしたね。その試練を何とか乗り切り、もうすぐ本格的な秋を迎えます。「世界エイズデー」(12月1日)を中心にした厚労省・エイズ予防財団主唱の国内啓発キャンペーンのテーマも決定しました。
http://api-net.jfap.or.jp/index.html
 「恋愛の数だけHIVを語ろう」
 です。テーマの策定にあたっては、公益財団法人エイズ予防財団が、エイズ対策に取り組むNPOの協力を得て東京と大阪で公開のフォーラムを開催し、国内の流行の現状や対策の課題などを議論する機会を持ちました。また、API-Net(エイズ情報ネット)を通じ、インターネットによる意見やアイデアの公募も行っています。
 そうしたプロセスを経て決定したテーマではありますが、最終的にぎゅっと圧縮した短いフレーズが提示されると、あれ? っという戸惑いもあるだろうし、「よく分からない」「誤解を招くのでは」といった意見や疑問もいろいろと出てきます。それは実は出てきて当然であり、逆に誰からも、何も言われない、あるいは何の反応も返ってこないといった状態を考えてみてください。その方がむしろ、キャンペーンとしてはつらい展開でしょうね。
 戸惑いや違和感はいわば、入り口です。あまり目立たないと素通りされてしまうので、そうならないためのアピールポイントが必要です。今年は何を呼びかけたいのかということを簡潔でインパクトのあるフレーズにして表現する。そうした努力はもちろん大切です。同時に、入り口である以上、そこから中に入っていけるよう短いキャッチコピーに対する戸惑いや疑問に答え、今年はなぜこのテーマなのかを分かりやすく説明する作業も同じくらい重要です。
 テーマの策定はゴールではなく、認識や議論や行動の出発点ということですね。どうして今年は「恋愛の数だけ」で、「HIV」で、「語ろう」なのか。テーマ発表とあわせて公表された趣旨説明も以下に紹介しておきましょう。

 【 テーマの趣旨 】
 忘れていても、いなくても。知らなくても、気が付かなくても。エイズの流行は続いています。エイズ動向委員会には年間1500件前後の新規HIV感染者・エイズ患者が報告されています。報告数はここ数年、横ばいで推移しているとはいえ、大きく減少しているわけではありません。
 一方で、治療法の開発が進み、HIVに感染していてもエイズという病気に進行するのを防ぎ、長く生きていくことが期待できるようになっています。つまり、日本の社会の中でHIVを抱えて生きていく人の数は年々、増加しています。その現実はHIVに感染している人も、していない人も等しく受け止める必要があります。
 HIV感染=エイズでも、
 エイズ=死でも、
 ありません。仕事を続けていくこともできます。適切な治療を適切な時期に始める。そのためには、感染している人が早く自分の感染を知ることが必要になります。
 感染しているか、していないか分からない人が、自分の意思で、安心して、検査を受けようと思える条件を整え、検査の機会が広く提供されていくことの重要性が指摘されるのも、そのためです。
 日本国内の年間約1500件の新規HIV感染者・エイズ患者報告例の8割以上は性感染であり、その性感染の約7割は男性の同性間の感染です。
 日本国内の恋愛の件数の方は何件かというと、数えきれません。非常にたくさんの恋愛があり、それは男性と女性であったり、男性と男性であったり、女性と女性であったり、いろいろです。
 エイズの流行はいまも続いています。だからこそ、HIVの感染は予防が可能なことも、HIVというウイルスに感染していても治療を受けて長く生きていけることも、HIVに感染して社会の中で生活している人がすでにたくさんいることも、知ってほしい。
 知るだけでなく、いろいろな人がいろいろな機会に、つまり恋愛の数ほどたくさん、エイズについて語る。エイズは続いている。だからこそ、語る。それがきっと、行動のスタートラインです。

オリンピックとエイズ対策 第61号(2013年9月)

 2020年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市が東京に決まりました。東京五輪招致委員会が9月7日、ブエノスアイレスの国際オリンピック委員会(IOC)総会で行った最終プレゼンテーションについてはすでに新聞やテレビで繰り返し報道され、皆さんよくご存じなので改めて言及する必要はないでしょう。ただし、HIV/エイズ対策との関係でひとつ強調しておきたいことがあります。
 東京チームの招致成功の大きな要因の一つは、オリンピックムーブメント(オリンピック運動)に着目し、その重要性をアピールしたことにありました。五輪精神の核というべき考え方を真っ直ぐに訴えたことがIOC委員の心をつかんだことは想像に難くありません。それでは、そのオリンピック運動とは何か。7年後に東京でオリンピック・パラリンピックが開かれる以上、この点の認識の共有は、五輪関係者だけでなく、HIV/エイズ対策に取り組む人たちにとっても大切です。HIV感染の予防対策やHIV陽性者に対する差別、偏見との闘いもまた、オリンピック運動の重要な活動のひとつとなっているからです。
 IOCは2004年に「スポーツを通じたHIVとエイズの予防に関する方針」を定め、国連合同エイズ計画(UNAIDS)とも協力のための合意文書を交わしています。昨年5月に更新された『スポーツを通じたHIV&AIDSの予防』というIOCのファクトシートには、その考え方が次のように説明されています。
http://asajp.at.webry.info/201309/article_3.html
 《スポーツを人々に役立てるようオリンピック憲章が求めていることでも分かるように、IOCには道義的な責務がある。実際に草の根のプロジェクトに投資し、教育的な活動を促すことで、国連のミレニアム開発目標(MDGs)の目標6に盛り込まれているHIV/エイズとの世界的な闘いにも貢献してきた。エイズはスポーツ全体の将来に影響を与えており、すべての人がこの闘いの中でそれぞれの役割を担う必要がある。HIV/AIDS対策、および差別との闘いに私たちすべてが加わることを求められているのはこのためである》
 こうした考え方のもとで、IOCはたとえば、UNAIDSと協力してオリンピックの聖火リレーでHIV陽性者に走る機会を提供したり、アジア、アフリカといった地域単位でスポーツとエイズに関するワークショップを開いたり、五輪大会の機会には地元組織委員会と協力して選手に向けた予防キャンペーンを展開したりといった活動を続けてきました。オリンピック開催期間中に選手村でコンドームが無料配布されることは新聞やテレビでもよく取り上げられていますが、それもエイズ対策への理解を広げる予防キャンペーンの一環であり、必ず予防啓発のチラシなどとともに配られているはずです。
 日本の五輪関係者はこれまで、あまりHIV/エイズ対策に高い関心を示してこなかったようだし、国内のHIV/エイズ対策の関係者も五輪招致に並々ならぬ熱意を示してきたというわけではなさそうです。ただし、7年後に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されることが決まった以上、東京五輪とHIV/エイズ対策の双方の関係者が理解しあい、協力していく場面は今後、否応なく増えていくことになります。ここはひとつ、「否応なく」などと言わず、積極的に流れを作っていくような決断を互いに期待したいですね。

語る・・・つながる TOP-HAT News 第62号(2013年10月)

 12月1日の世界エイズデーを中心にしたHIV/エイズ分野の情報共有型キャンペーン《コミュニティアクション2013》が10月15日(火)にスタートしました。キャンペーン期間は12月15日(日)までの2カ月(プラス1日)です。
http://www.ca-aids.jp/
 このキャンペーンは、HIV/エイズに関係する情報の共有を目指し、公益財団法人エイズ予防財団とHIV/エイズ分野のNPOが2年前に共同プロジェクトとして始めました。初年度が《コミュニティアクション2011》、去年は《コミュニティアクション2012》。そして今年の2013は当然ながら3年目ということになります。続けていくことで、キャンペーンとしての認知度が高まり、全国から寄せられる情報も増えてきているのですが、一方で、情報を集めてそれをウエブサイトで広く伝えていくというシンプルなコンセプトの新鮮味が少々、薄れてきた印象も否めません。
 三日坊主、三年寝太郎というわけで、「3」という数字はどうも、マンネリ化とそれを乗り越える転機を象徴しているのかもしれませんね。コミュニティアクションの実行委員会も、その「3」の呪縛をどう克服していくかという点に関してはかなり議論を重ねてきたようで、今回は新機軸として、ウエブサイトに加え公式 Face Bookが登場しています。
https://www.facebook.com/CommunityActiononAIDS?fref=ts
 情報提供機能を一段と強化するとともに、投稿への利便性も向上させ、双方向性を高めていきたいということです。ちょうどいい機会なので、コミュニティアクションの基本コンセプトなどを紹介しておきましょう。
 コミュニティアクションは《厚労省と公益財団法人エイズ予防財団が主唱する世界エイズデーの国内啓発キャンペーンとテーマを共有しつつ、コミュニティ主導で進める独自キャンペーン》ということです。
 今年の世界エイズデー国内啓発キャンペーンのテーマは《恋愛の数だけHIVを語ろう》です。一方、コミュニティアクション2013は昨年と同じ《つながるリアル~“AIDS” GOES ON…》をテーマとして採用しています。
 参考までに付け加えておくと、昨年の国内啓発キャンペーンのテーマは《“AIDS” GOES ON…エイズは続いている》でした。《去年と今年、「続いている」という認識と「語る」という行動、「つながる」はまさしくその両者をつなぐキーワードというべきでしょう》 との判断から、コミュニティアクション実行委員会では、あえて2年連続で同一テーマを選択したそうです。
 11月に入ると、東京都をはじめ、全国各自治体の世界エイズデー関連キャンペーンも続々とスタートします。そうした動きが文字通り、うまくつながっていくことを期待したいですね。

「エイズなき世代」とは TOP-HAT News 第63号(2013年11月)

 「HIV/AIDSなき世代をめざして」をテーマにした第27回日本エイズ学会学術集会・総会が11月20日から22日まで熊本市で開かれました。同じ時期にタイのバンコクで第11回アジア太平洋地域エイズ国際会議(11月18日~22日)が開催されていたので、どちらに参加しようかと迷ったエイズ対策関係者も少なくなかったようですね。国内の対策と同時に、アジアの文脈で日本のエイズの流行をとらえる視点も重要です。
 参考までに紹介しておくと、バンコク会議のテーマは、「Asia/Pacific Reaching Triple Zero: Investing in Innovation(アジア太平洋地域での3つのゼロの実現:革新への投資)」でした。「3つのゼロ」というのは国連合同エイズ計画(UNAIDS)が目指すべきビジョンとして掲げている「HIVの新規感染ゼロ、HIV/エイズにまつわる差別ゼロ、エイズ関連の死亡ゼロ」のことです。
 抗レトロウイルス治療の進歩により、最近はHIVに感染している人たちの体内のウイルス量を非常に低い状態に抑えることが可能になっています。その結果、治療を受けているHIV陽性者自身にとって長く生きていく展望が大きく開けたことに加え、感染している人から他の人への感染を防ぐ予防効果も期待できるようになりました。ただし、そのためにはHIVに感染している人が早期に検査を受けて感染を知り、適切な時期に治療を開始する必要があります。
 また、その「適切な時期」はこれまで考えられていたよりも早く考えるべきであるというのが、最近のHIV治療の趨勢です。HIVに感染している人たちの体調管理や長期生存にはそれがプラスになるという判断に加え、Treatment as Prevention(予防としての治療)という効果もあるのではないかという期待感が高まっているからです。何でも略すのが好きな人はT as P(ティ・アズ・ピー)などと言ってみたりもします。
 これまでのさまざまな予防手段に、そのT as Pが加われば、そして、そのために抗レトロウイルス治療普及のための努力をこれまで以上に加速させることができれば、何時の日か、エイズの流行を終結に導くことも可能になるのではないか。
 これが最近の世界のHIV/エイズ対策の主流をなす考え方です。「HIV/AIDSなき世代」も「3つのゼロ」もその考え方をより強いインパクトで伝えるために選ばれたイメージといえそうですね。もちろん、そうした目標を掲げ、一層の努力を促すことは政策的に重要ではあるのですが、スローガン的に何度も繰り返していると、いまにもそれが実現しそうな錯覚に陥るおそれもあるので注意が必要です。
 第27回日本エイズ学会でも、テーマに掲げた「HIV/AIDSなき世代をめざして」をめぐる議論が盛んに闘わされました。もちろん、重要な目標です。ただし、そう簡単に実現するものでもないという意味で、さまざまな課題の存在も確認されました。
 日本ではあまり話題にならなかったのですが、「HIV/AIDSなき世代をめざして」との関連で改めて注目しておきたいのは、2011年11月8日に米国のヒラリー・クリントン国務長官(当時)が米国立衛生研究所で行った演説です。この中でクリントン長官は、米国が「AIDS Free Generation(エイズから自由な世代)」の実現を目指すことを明らかにし、最近ではそれが米国だけでなく世界の共通目標として受け止められるようになった印象もあります。演説に合わせて米国務省が発表したファクトシートはその「AIDS Free Generation」について次のように説明しています。
 ・すべての赤ちゃんがHIVに感染することなく生まれ、
 ・さまざまな予防手段のおかげで10代や成人してからも現在よりはるかに感染のリスクは低く、
 ・そして、HIVに感染したとしても、自らのエイズ発症と他の人への感染を防ぐことができるよう治療へのアクセスが得られる。
 「AIDS Free Generation」はHIV陽性者がまったく存在しなくなる世界を想定したものとはやや異なるようです。 少なくともHIV陽性者を排除しようとするようなトーンは周到に避けられています。したがって、「AIDS Free」は「エイズなき」ではなく、「エイズから自由な」と訳しました。
 もちろん、「エイズなき」が誤りだと主張しているわけではありませんが、「AIDS Free」の前提には排除ではなく、予防と支援の対策が何段構えにも用意されていなければならないという認識は重要です。今回のエイズ学会でも、支援の重要性についてはかなり深く、突っ込んだ議論が行われていました。日本の研究陣およびエイズ対策の現場にいる人たちが真摯に、そしてときには肩の力を抜いて自分の位置を確かめる議論を展開し、共通の基盤を確認しようとしていたことは、大いに心強く感じられるものでした。
 なお、米国務省のファクトシートについては、日本語仮訳がHATプロジェクトのブログに掲載されています。
http://asajp.at.webry.info/201111/article_1.html