その12(2012年8月~2012年11月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その12(TOP-HAT Newsから)

 2012年8月の第48号から11月の第51号までの4本です。「その11」でもお伝えしたように、7月には米国の首都ワシントンで国際エイズ会議が開かれました。会議では「エイズ流行の終わりの始まり」といった議論が交わされ、その流れが現在の国際社会の共通目標である「2030年の公衆衛生上の脅威としてのエイズ流行終結」につながっています。「end(終結)」という強い言葉を掲げることで、治療の進歩を生かしHIV/エイズ対策を一段と強化しようというメッセージなのですが、国際政治の食えない面々の間では「それなりに成果もあがったことだし、エイズはもうそろそろいいだろう」というように訳しかえられてしまうようです。
 流行はいまなお続いている。このあまりにも当たり前の事実をことあるごとに強調しなければならないという切ない現実も、いまなお続いています。

つながるリアル(第48号 2012年8月)

 世界エイズデー(12月1日)とその前後のエイズ関連イベントや会合、ニュースなどの情報を幅広く集め、公式サイト上で紹介していくコミュニティアクション2012(Community Action on AIDS 2012)が9月1日からスタートします。厚労省や地方自治体の啓発活動と同時並行的に進めるコミュニティ主導の参加型情報共有キャンペーンです。まずはリニューアルしたばかりの2012年版公式サイトをご覧いただきましょう。
http://www.ca-aids.jp/2012/
 《エイズに対する持続的な関心を維持し、多様な活動に取り組む個人や組織の総称を「HIVコミュニティ」と呼ぶなら、その活動に有機的なつながりを生み出すことこそが、HIV/エイズとの困難な闘いに新たな可能性を切り開き、コミュニティの基盤強化にも寄与することになる》
 ちょっと理屈っぽくなっていますが、お互いに何をやっているのか、やろうとしているのかが分かれば、助け合ったり、補完しあったりもしやすくなるということでしょうね。あっ、なんだ、同じようなことを考える人がいるんだとか、こんなこともできるんだといったことを知るだけで勇気づけられることもあります。コミュニティアクションはこうした考え方に基づき、エイズ分野のいくつかのNPOと公益財団法人エイズ予防財団が実施母体となって昨年スタートしました。
 初年度のコミュニティアクション2011(Community Action on AIDS 2011)は実施期間が11月15日~12月31日でした。2012年はちょっとがんばってスタートを早め、実施期間が2倍以上になっています。スタッフの皆さん、ご苦労様。情報共有の蓄積効果といったものも、それだけ期待できそうです。
 前号でも紹介したように今年の世界エイズデーを中心にした国内啓発キャンペーンのテーマは《“AIDS” GOES ON… ~エイズは続いている~》です。コミュニティアクション2012ではこのうちの前半部を共有し、《つながるリアル~“AIDS” GOES ON…》をテーマに掲げています。つながる? リアル? 一応、韻を踏んでいるようにも見えるけれど、分かったような、分からないような・・・。公式サイトを見ると、キャンペーンテーマの「キーメッセージ」欄には次のように書かれていました。

 エイズは続いている。
 予防も支援もその「リアル」を認識として共有し、
 たくさんの「つながる」が生まれることから始まります。

 いまのところはどうも、なけなしの予算で細々とやっている地味めのキャンペーンといった印象になっているのは少々残念ですが、たくさんの情報が寄せられ、認知度が高まってくると、面白い動きが出てくるかもしれませんね。

戦略研究→予防指針→そして・・・(第49号 2012年9月)

 わが国のエイズ政策の基本となるエイズ予防指針について、公益財団法人エイズ予防財団の木村哲理事長が8月28日午後、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見を行いました。会見には日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス(JaNP+)の長谷川博史代表も同席し、エイズ対策が抱える課題や今後の展望について興味深い議論が展開されました。

 エイズ予防指針については、TOP HAT Newsでもこれまで何回か紹介してきましたが、おさらいをしておきましょう。この指針は1999年4月に施行された感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)に基づき、同年10月に告示されています。ほぼ5年ごとに見直しを行うことになっており、2011年に進められた2度目の見直し作業を経て、今年1月19日に新たな改正指針が告示されています。

 昨年の見直し作業を中心になって進めたのが厚生労働省のエイズ予防指針作業班であり、その班長が木村理事長でした。「予防」の文字が入っているとはいえ、感染症法に基づくエイズ予防指針は医療の提供体制やHIV陽性者への支援にも言及し、わが国の総合的なエイズ政策指針としての機能を果たしています。

 つまり、少なくとも今後5年間は、この指針に沿ってエイズ対策が進められることになるのですが、ジャーナリストの間ですら認知度は高くありません。エイズ予防指針? それ何ですか・・・といった状態ではさすがに困るということで、日本記者クラブが木村理事長をゲストに招き、今回の記者会見となりました。

 木村理事長は会見でまず、世界と日本の流行の現状について簡潔に説明した後、エイズ予防指針改正のポイントとして、治療の進歩を踏まえた検査相談体制の充実や行政・NGO・研究者の連携の重要性などを強調しました。また、見直しの背景として、2006年から5年間にわたるエイズ予防の戦略研究の影響にも言及しています。首都圏の男性同性愛者のコミュニティでは、研究者とコミュニティ当事者が協力して多様な予防啓発活動に取り組み、安心して検査を受けられるような環境を整える継続的な努力が功を奏してエイズ患者報告数が減少するなどの成果を具体的にあげているからです。

 研究によって一定の成果を確認し、その成果を中期の政策指針に反映させることで、対策をより現場の実情に即した有効性の高いものにしていく。こうした循環効果には大いに注目しておく必要があります。逆に、研究と対策実践のダイナミズムの中で生まれてきた動きが、政治や行政の目先の都合で損なわれてしまうといったこともないわけではありません。指針が今後、どこまで具体的な対策に生かされていくのか。この点はさらに継続して見ていく必要があるということでしょう。

 JaNP+の長谷川代表からは、研究の成果を生かすかたちで2年前から国内のエイズ啓発キャンペーンのテーマ策定プロセスが大きく変わってきたこと、コミュニティアクションという新たな情報共有キャンペーンが展開されていることなどが紹介されました。情報の共有を通してNGO間、およびNGOと行政・研究者間の連携の土台が生まれつつあるとすれば、ポスト戦略研究の極めて興味深い動きといえそうです。

 会見の中で、木村理事長は戦略研究と予防指針のつながりを明確にし、エイズ予防財団が《NGO・行政・研究者間の連携》を推進するためのプラットフォーム的な役割を目指すことにも意欲を示しています。治療の普及がHIV感染の予防にも効果があるとの認識が広がる中で、希望とともに課題もありすぎるほどあるのがエイズ対策の現状です。極めて注目すべき会見だったというべきでしょう。YOUTUBEの日本記者クラブチャンネルに会見動画がアップされているので、あわせてご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=m86vxjjKVK0&feature=plcp

AIDS GOES ON… 続いているから続けていく(第50号 2012年10月)

 TOP-HAT Newsは2012年10月、50号の節目を迎えました。この機会に改めてご愛読に感謝いたします。2006年6月の創刊当時は原則隔月発行でしたが、2010年3月から毎月発行に切り替え、今日に至っています。まさにエイズの流行が続いているから、続けていくということですね。

 今年7月に米国の首都ワシントンで開かれた第19回国際エイズ会議ではエイズの流行の「終わりの始まり」が盛んに強調されていたようですが、これはまだ可能性、もしくは期待のレベルの議論でしょう。少なくとも日本国内のエイズの流行に関して言えば、残念ながらまだ「「終わり」が始まっているという状態ではありません。これからも息長く対策に取り組んでいく必要があることを肝に銘じ、内容の一層の充実をはかっていきますので、隅から隅まで、ずず、ず~いと、よろしくお願い申し上げます。

 すでにお伝えしているように第26回日本エイズ学会学術集会・総会が11月24日(土)から26日(月)まで、横浜市港北区の慶應義塾大学日吉キャンパスで開かれます。エイズについて様々な立場から研究に取り組む人たちが、最新の情報や意見を交換する貴重な機会ですね。

 参加するには登録料が必要なため、一般の人たちにはあまりなじみのないイベントかもしれませんが、せっかくの機会です。社会の広範な理解に支えられていなければ、効果的なエイズ対策の実現は期待できないといった事情もあります。何とか社会への扉を広げたいということで、最終日の26日午後には登録料なしで一般の人も参加できる公開講座『AIDS GOES ON… 続いているから続けていく ~コミュニティ・研究者・行政、連携のこれまでとこれから~』(公益財団法人エイズ予防財団主催)が会場で開催されます。
http://www.ca-aids.jp/event/121126_aids_goes_on.html
 《エイズの流行は続いています。その現実を直視することができれば、HIV陽性者が安心して社会生活を維持していくための条件を整え、その支援を新たなHIV感染の予防につなげる枠組みを整えていくことが可能になります》

 タイトルの『AIDS GOES ON… 続いているから続けていく』は、今年の世界エイズデー国内啓発キャンペーンのテーマ『AIDS GOES ON… エイズは続いている』を踏まえています。横浜は1994年に第10回国際エイズ会議が開かれた都市であり、この会議をきっかけに生まれたAIDS文化フォーラムin横浜は来年、20回の節目を迎えます。コミュニティ・研究者・行政の貴重な連携がもう20年も続いている。AIDS文化フォーラムの経験は、その貴重な連携事例でもあります。公開講座ではその経験と課題を振り返り、これから5年先、10年先のエイズ対策の姿を探っていくことになりそうですね。プログラムは以下の通りです。

日時:2012年11月26日(月)午後13:15~15:15
場所:慶應義塾大学日吉キャンパス(横浜市港北区)第4校舎B棟
入場:無料
問合せ:公益財団法人エイズ予防財団 電話03-5259-1811
http://www.jfap.or.jp/prg/sendmail/SendMail.aspx

基調講演「連携はなぜ必要か ~AIDS文化フォーラムの20年」
    岩室紳也 公益社団法人 地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター
    AIDS文化フォーラムin横浜 運営委員
シンポジウム
座長  池上千寿子 特定非営利活動法人ぷれいす東京
宮田一雄  エイズ予防財団、産経新聞
「エイズ医療体制とコミュニティ」
      白阪琢磨 HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班
           国立病院機構 大阪医療センター
「セクシャルマイノリティ支援とHIV/エイズ」
      星野慎二 特定非営利活動法人SHIP
「エイズNGOの現状と課題」
      高久陽介 特定非営利活動法人日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス
「連携事例としてのテーマ選定プロセス」
      堀内由紀 エイズ予防財団
   コメント 岩室紳也

エイズ学会の会場から(第51号 2012年11月)

 「つなぐ つづける ささえあう」をテーマにした第26回日本エイズ学会学術集会・総会(名称がちょっと長いので以下、エイズ学会と略します)が11月24日(土)から26日(月)まで、横浜市港北区の慶應義塾大学日吉キャンパスで開かれました。このニュースが皆さんのお手元に届くのは11月の29日か30日ごろでしょうから「開かれました」と過去形にしましたが、実は原稿は開催中の学会会場で書いているので現在進行形です。

 今学会は特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議の副代表でもある慶應義塾大学文学部の樽井正義教授(倫理学)が会長でした。エイズ研究者や行政官、医師、看護師といった医療現場の実務者にとどまらず、さまざまな立場からHIV/エイズ対策に取り組むNGO/NPO関係者も多数参加しています。もちろんその中にはHIVに感染している人もいるし、していない人もいます。これは隔年で開催される世界レベルの国際エイズ会議や地域レベルのアジア太平洋地域エイズ国際会議にも共通して言えることですが、HIV/エイズ分野の学会や大会議の特徴ですね。

 エイズ学会は毎年、世界エイズデー(12月1日)前後に開かれます。今年は少し早めですが、慶應義塾大学の三田祭が開かれている間なら日吉キャンパスの施設が使用しやすくなるという樽井会長の戦略的かつ財政的発想から11月24~26日となったようです。

 その直前の20日には国連合同エイズ計画(UNAIDS)が世界のHIVとエイズの流行に関する最新報告書「Results」を発表し、さらにその前の週の15日には世界エイズ・結核・マラリア対策基金(世界基金)の新しい事務局長が米ブッシュ(息子さんの方です)政権のもとで地球規模エイズ調整官として活躍したマーク・ダイブル氏に決定しています。つまり、そのう・・・11月はエイズ関係の話題が国際レベルでも盛りだくさんなので、あれもこれもと欲張って紹介していると収拾がつかなくなってしまいそうですね。

 国際的な話題は次号以下でもおいおい紹介していくということにして、今回は第26回エイズ学会関連の話題を中心に報告したいと思います。悪しからず。