その10(2011年12月~2012年3月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その10(TOP-HAT Newsから)

 今回は、2011年12月の第40号から2012年2月の第42号までの「はじめに」の記事3本にプラスして41号の2番目の記事『企業でHIV陽性者と共に働くためのポイント』を掲載しました。前年12月13日に開催された東京都エイズ予防月間講演会「働く世代に多いHIV陽性者 ~周囲の正しい理解で働き続けられる~」の報告です。職場におけるHIV陽性者への差別事案を取り上げた「はじめに」の記事と就労をテーマにした2番目の記事はひとつながりのものととらえる必要があるので、あえて変則的な紹介となりました。
 こうして振り返ってみると、東京都のエイズ予防月間講演会は繰り返し、就労の問題をとりあげていることが分かります。一過性の問題ではないので、行政がNPOや企業と協力関係を維持しつつ、こうした息の長い努力を続けることは極めて重要です。

流行30年の曲がり角(第40号 2011年12月)

 エイズの最初の公式症例報告から30年の節目となった2011年もまもなく幕を閉じようとしています。6月にはニューヨークで国連総会エイズハイレベル会合が開かれ、最終日の10日、全加盟国の賛成で新たな政治宣言が採択されました。「HIV/エイズ克服の努力の強化を」と題されたその宣言には、2015年までに達成すべき目標として以下の10項目があげられています。

・HIVの性感染を50%減らす。
・注射薬物使用者の感染を50%減らす。
・HIVの母子感染をなくし、エイズ関連の母親の死亡を大幅に減らす。
・緊急に治療が必要なHIV陽性者1500万人に抗レトロウイルス治療を提供する。
・HIV陽性者の結核による死亡を50%減らす。
・エイズ対策の資金ギャップを解消し、低中所得国の対策に年間220億~250億ドルの投資を行う。
・ジェンダーの不平等とジェンダーに基づく虐待や暴力をなくし、女性、少女が自らをHIV感染から守れるように地位向上をはかる。
・人権を守る法律や政策を通じ、HIV陽性者やHIVに影響を受けている人に対する差別と偏見をなくす。
・HIVに関連した入国、滞在、居住規制を撤廃する。
・HIV関連サービスの重複を避け、国際的な保健・開発分野の課題の中でエイズ対策の統合強化をはかる。

 政治宣言の採択からほぼ半年が経過した12月1日、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は世界エイズデーに向けたメッセージの中で《エイズの登場から30年以上が過ぎた今、私たちはついにこの疫病を終わらせようとしています》と述べ、ハイレベル会合で採択された「大胆な目標」の実現を各国に呼びかけました。
http://unic.or.jp/unic/press_release/2485/
 (国連広報センターのサイトより)

 《強い政治的意志、相応の財源、そして人権に基づいた確固たるアプローチがあれば、この目標をすべて達成することができます》

 あくまで、《あれば》が前提の話ですね。わざわざそのような釘を刺しているのは、《強い政治的意志》も《相応の財源》も《人権に基づいた確固たるアプローチ》も2015年に上記目標を達成するには心許ないということでもあります。とりわけ財源の問題は深刻です。日本の国内ではあまり大きな話題にはなっていませんが、2で紹介する世界基金のニュースにも注目しておきたいですね。
 エイズ対策の30年を10年単位で振り返ってみると、最初の10年は、致死率の高い病気が人類の前に出現し、混乱の中で、何が起きているのかを把握するのに追われていた時期、次の10年は、延命効果の高い治療法を何とか見つけだすという医学分野のブレークスルーがあり、エイズのイメージがコントロール可能な病気へと徐々に変わっていった時期でした。そして、国際社会が本気になってHIV/エイズのパンデミックと闘う体制が整った3番目の10年は、途上国においても、その治療および予防対策の普及をはかることで、HIVの新規感染やエイズ関連の死亡が減少傾向を示すなど、対策の成果が確認できるようになった時期だったということができます。
 それでは、4番目の10年はどうなるのか。対策の成果がさらに拡大していくのか、それとも資金不足のために失速し、過去10年の成果も台無しになってしまうのか。世界はいま、そして日本ももちろん、大きな岐路に直面しています。

HIV感染と就労 ~課題の再検証を~(第41号 2012年1月)

 新しい年がスタートしました。今年もよろしくお願いします。2012年の年明け早々、HIV/エイズ対策の重要性を改めて痛感させるニュースが伝えられました。地元の西日本新聞は1月13日夕刊で次のように報じています。

 《HIVの検査をした大学病院が、勤務先の総合病院に無断で検査結果を伝えたため、休職を強要されその結果、退職を余儀なくされたとして、福岡県内の看護師が、両病院を経営する2法人に対し、約1100万円の損害賠償を求め、県内の地裁支部に提訴したことが13日、看護師の代理人弁護士への取材で分かった。厚生労働省のガイドラインは、医療現場を含めた職場でHIV感染が就業禁止や解雇の理由にならないと規定している》

 裁判で係争中の案件ですが、訴えの通りだとすると、病院側には2つの点で問題があります。ひとつは、検査の結果が大学病院から本人の承諾なしに勤務先に伝えられていること、そして、もう一つはHIV感染を理由に休職、解雇していることです。医療現場におけるこのような事例は実は今回だけではなく、たとえば日本看護協会のウエブサイトには《HIV感染した看護職への勧奨退職報道について》として看護職を対象に次のようなお知らせが掲載されています。

 《2010年4月30日、病院勤務の看護師が「無断でHIV感染検査をされ、陽性を理由に退職勧奨を受け退職した」と訴えているとの新聞報道がありました。
 同日、「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(厚生労働省)が改訂され、医療機関も感染者への差別禁止の例外ではないことが改めて示されました。
 日本看護協会は、感染症法、厚生労働省ガイドライン、ICN所信表明などの趣旨を受けて、HIVに感染した看護職の人権を守るよう、呼びかけます》

 詳細は日本看護協会のサイトでご覧ください。
http://www.nurse.or.jp/nursing/oshirase/hiv.html

 HIV感染と就労に関しては、繰り返し、粘り強く、理解を広げて行く努力が必要です。これは医療の現場のみに限るものではありません。その意味で、世界エイズデーのキャンペーンの一環として昨年12月13日に開催された平成23年度 東京都エイズ予防月間講演会「働く世代に多いHIV陽性者 ~周囲の正しい理解で働き続けられる~」には改めて注目しておく必要がありそうです。東京都保健福祉局のサイトには実施報告が掲載されているので、お読みください。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/yobo_gekkan/yobo_g_keihatsu/index.html

 プログラムの中の「HIV陽性者と共に働くためのポイント」と題した座談会では、実際にHIV陽性者の雇用に取り組んだ企業の人事担当者の貴重なお話を聞くことができました。以下に少し詳しく報告しましょう。

企業でHIV陽性者と共に働くためのポイント(第41号 2012年1月続き)

 座談会は、HIV陽性者、企業の双方からHIV感染と就労に関する相談を受けている特定非営利活動法人ぷれいす東京の相談員、生島嗣さんが司会役を務め、アクサ生命保険人材開発部能力開発部長でチーフダイバーシティオフィサーの金子久子さん、および障害者枠でHIV陽性者を雇用している別の企業の人事担当者のお二人がHIV陽性者を採用した際の体験を話されました。
 アクサ生命はフランス発祥のグローバル企業、AXAグループの日本法人で、HIV陽性の男性を雇用しています。職場で感染することはなく、健保組合にも過大な負担はないという認識がすでにあったうえ、企業の方針としてダイバーシティ(多様性)を重視し、《すべての社員の多様な能力、革新的なアイデアをビジネスに活かし、組織全体の業績アップに結びつける》という考え方が社内に共有されているため、HIV陽性者の採用を当然と受け止める環境があることがお話からも伝わってきました。
 一緒に働く人には知っておいてほしいという陽性者本人の希望から、入社の少し前に職場の同僚となる社員には知らせたが、その段階では、年配の人は拒否反応が強く、若い人は逆に、なんでそんなにこだわるのという感じだったということです。もちろん、頭で理解することと心の反応は異なる面もあります。一緒に働くことで当初の懸念は解消され、HIV陽性者が働いていることが社会に知れたら大変なことになるといった心配に関しても、結果としては拍子抜けするほどに何もなかったということです。
 もう一社は大手企業が100%出資する特例子会社で、「HIV陽性だからという理由で受け入れられないということはない。仕事ができればいい」として3カ月の試用期間を経て、HIV陽性者を一人、採用しています。
 もちろん、HIV陽性者本人の同意を得たうえでの参加が前提になりますが、HIVエイズに関連する社会的な偏見や差別の存在がいまなお指摘され、実際に医療機関における解雇事例などもあることを考えると、こうしたかたちで企業が積極的に座談会などに出席し、経験を伝える機会を持つことは非常に重要です。金子さんはHIV陽性者とともに働くことを通じて生まれた変化について「モンスターは消え、どこにでもいる同僚であり、仲間であるようになります。もっと社員を信じていい」と話しています。一緒に仕事をし、具体的に助けたり、助けられたりといった業務遂行上の体験が積み重ねられていくことで、不安は解消されていったようです。
 ビジネスにとって重要なのは、多様な人材を確保し、その能力を生かすことであり、それが競争力の確保にもつながります。その意味で、HIV感染の有無が人材の確保や活用に影響することは企業にとっての大きな損失であり、結果として競争力の低下を招くことにもなります。座談会に出席された二人の採用担当者は、ともにこの点を強調していました。また、企業側がHIV陽性者の雇用に対し、あらかじめ抱いていたいくつかの懸念に関しても、実際に雇用してみると、実は案ずるよりは産むが易しという感じで解消されていったということです。
 こうした《グッドプラクティス》事例が少しずつでも増えていき、情報として企業の間で共有されることが、HIV/エイズにまつわる社会的な偏見と差別の解消に大きな力となる。そのことが説得力を持って伝わってくる座談会でした。 

《つなぐ つづける ささえあう》(第42号 2012年2月)

 いまから11月の話を始めると、ずいぶん先のことのように思えてきますが、うかうかしていると1年はあっという間に過ぎてしまいます。今年11月24日(土)~26日(月)に横浜市港北区の慶應義塾大学日吉キャンパスで開かれる第26回日本エイズ学会学術集会・総会の公式サイトが開設されました。今年のエイズ学会のテーマは「つなぐ つづける ささえあう」です。
http://www.secretariat.ne.jp/aids26/index.html

 ん? どこかで聞いたことがあるような・・・。そうですね。2010年の世界エイズデー国内啓発キャンペーンのテーマは「続けよう」でした。2011年に実施されたコミュニティアクション2011(Community Action on AIDS 2011)は「エイズとわたし つながる コミュニティ」がテーマに掲げられていました。少しさかのぼって、2006年に東京で開かれた第20回日本エイズ学会学術集会・総会のメインテーマ「Living Together」は日本語にすれば、「一緒に暮らしている」、あるいは「ともに生きる」といったところでしょうか。もちろん、支えあう気持ちがなければ、一緒に暮らすことも、ともに生きることも困難です。
 ということで、今年のエイズ学会のテーマは実は、2006年の改正エイズ予防指針のもとで過去5年間、繰り返し指摘されてきた課題を集大成するかたちになっています。なあ~んだ、寄せ集めか・・・などと言うなかれ。毛利元就の三本の矢のたとえもあるではないですか。
 わが国では昨年、エイズ政策の基本となるエイズ予防指針の見直し作業がほぼ1年がかりで進められてきました。その結果として今年1月19日には、新たな改正指針が厚生労働省から告示されています。過去5年間の課題を集約し、新たな5年に臨む。反省なくして前進なし。いわばその大きな節目の年に、わが国のHIV/エイズ対策分野における最大の専門家集団である日本エイズ学会が、しっかりと現場に軸足を置いて学術集会に臨む。そうした姿勢を明確に示すメッセージとしてとらえる必要があります。
 第26回エイズ学会のサイトでは樽井正義会長(慶應義塾大学文学部教授)が《ご挨拶》の中で、おおむね以下のようにテーマの意図を説明しています。
 2009年以降の厳しい経済的窮状に直面する中で、HIV/エイズ分野における《日本と世界、わけてもアジアとの連携》が、「つなぐ」という言葉で強調されています。また、《治療法の簡易化、効率化、予防の個別施策層への集中、メンタルヘルスや薬物使用への配慮、治療と予防の新たな連携など、この10年の対策の努力を一方では継承し、他方では革新的な新方策を提起すること》が「つづける」に込められたメッセージです。そして、「ささえあう」には、基礎、臨床、社会の各セクターが協力し、エイズ政策をつくり支えていくような学会の姿が示されています。
 ぐっと圧縮して言えば、「国際的な連携」「対策の継続とそのための工夫」「多様なプレイヤーの参加とセクター間の協力」、これらが「つなぐ」「つづける」「ささえあう」という3つのキーワードに集約されているということでしょう。第26回エイズ学会、大いに期待が持てそうです。