その6(2010年8月~2010年11月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その6(TOP-HAT Newsから)

 2010年8月から11月までに発行された4本(第24~27号)。各号の目次は以下の通りです。
《「続けよう」》(第24号 2010年8月)
《シディベ氏、東京を走る》(第25号 2010年9月)
《デフレに負けないキャンペーンを》(第26号 2010年10月)
《メッセージをどう受け止めるのか》(第27号 2010年11月)

 12月1日の世界エイズデーを中心にした国内キャンペーンのテーマはどのようにして決まるのか。2010年はそのプロセスを明確にする試みが開始された年です。そのプロセスの最初の成果として生まれた2010年のメッセージが『続けよう』でした。
 試行錯誤のプロセスはいまも続いています。当時と比べても、最近はHIV/エイズに対する社会的な関心の低下が一段と進んでいる印象を受けます。ただし、何度も繰り返しますが、社会が関心を持たなくなれば、HIV/エイズの流行はおさまるとか、HIVの感染はなくなるというわけではありません。むしろその逆です。
 それでもなお、わが国の新規HIV感染が横ばいの状態を何とか維持し、微減ではありますが、減少の傾向を見せ始めているように感じられます。それはHIV/エイズ対策の現場でたくさんの方が(社会全体から見れば少数だけれど、全国のたくさんの方が)持続的な活動を続けてこられたからです。
 皆さんのそうしたご苦労は、9月に来日した国連合同エイズ計画(UNAIDS)のミシェル・シディベ事務局長にも理解していただけたように思います。
 ひたひたと迫り来る無力感に抗しつつ、今年もまた、テーマ策定に向けた作業が始まります。

「続けよう」(第24号 2010年8月)

 12月1日の世界エイズデーを中心に行われるHIV/エイズ啓発キャンペーンの国内テーマが決まりました。今年のテーマは「続けよう~Keep the Promise, Keep your Life~」です。
 厚生労働省が主唱するHIV/エイズ啓発キャンペーンのテーマは、どこで、どのように決められ、何を訴えようとしているのか。それがよく分からないという批判を聞くことが、これまではしばしばありました。エイズ対策の現場で活動を続ける民間の団体や自治体などの担当者はこのため、どこか求心力を失ったような気分で世界エイズデーを迎えることも多かった。そんな印象さえ受ける状態でしたが、今年はどうでしょうか。つまり、どうして「続けよう」に決まったのでしょうか。
 今回はエイズ&ソサエティ研究会議も、テーマの決定過程に積極的に関与してきました。批判はもちろん大切ですが、自らの意見をエイズ対策に反映できる機会があるのなら、その機会を生かせるよう、微力ではあってもできるだけの努力はしたい。そう考えたからであり、同時にそう考えなければならないほど、わが国のエイズ対策は危機的な状況に陥る可能性をはらんでいるということもできます。
 一方、世界各国でエイズキャンペーンを推進するための国際組織である世界エイズキャンペーン(WAC)は、昨年に引き続き「普遍的アクセスと人権(universal access and human rights)」を今年のテーマにすることを明らかにし、期せずして内外のエイズキャンペーンのテーマが8月に出そろうかたちになりました。猛暑のTOP-HAT News第24号は、世界エイズデーキャンペーンのテーマを中心にお送りします。

何を続けるのか 「続けよう」part2
 急に「続けよう」と言われても、戸惑ってしまいますね。具体的に何を続けるのか。厚労省委託事業のひとつとしてエイズ予防財団が運営する情報サイト「エイズ予防情報ネット(API-Net)」にそのあたりも含めた内容が掲載されています。
 《平成22年度「世界エイズデー」キャンペーンテーマについて》
 http://api-net.jfap.or.jp/event/HivInsWeek/Wad2010_02.html
 今年のテーマについては第24号でも取りあげましたが、反復を厭わずというキャンペーンの鉄則に従い、もう一度、紹介しておきましょう。
 「続けよう ~Keep the Promise, Keep Your Life」
 説明だらけで文字ばかりのチラシは敬遠されるというリスクを承知のうえで、チラシはあえて、「なぜ」と「何」の説明に集中しているようですね。認識の共有をキャンペーンの基盤として重視したいという選択と集中の結果でしょうか。裏返していえば、いままでのキャンペーンがいかに選択と集中に欠けていたかを示しているのかもしれません。API-Netの世界エイズデー特設サイトには、チラシのpdf版とともに、《ダウンロードしてご自由に印刷配布してください》との表示もあります。
 大量に印刷したチラシを用意し、全国に発送する。そうした集中管理型の発想を脱し、ネットワーク型のキャンペーンを追求することで、印刷や輸送の費用を大きく削減することができます。過剰在庫の問題も解消されます。 こんなことはビジネスの世界では常識なので、遅ればせながらという感じがしないこともありませんが、実はそうした発想の転換に基づくコスト削減の努力はいま、デフレ環境にある日本だけでなく、全世界のHIV/エイズキャンペーンが直面する共通の課題でもあります。オンディマンド・ベースというか、必要な人が必要なだけプリントアウトして使う方式への転換ですね。
 たとえば、世界エイズキャンペーン(WAC)も、公式サイトの《世界エイズデー2010》という告知の中で、《残念なことに、今年は経済的な理由から印刷した資料を郵送することはできません。しかし、以下のようなオンライン・ツールの作成を進め、ダウンロードして活用してもらうことで、皆さんの世界エイズデーキャンペーンをユニークなものにしていただきたいと思います》と報告し、世界中のエイズ対策関係者に協力を求めています。
 「I am living my rights(私には生きる権利がある)」というポスターとハガキは10カ国語でダウンロードできるようになっているそうです。ご関心がお有りの方はHATプロジェクトのブログで《世界エイズデー2010について》の日本語仮訳をご覧ください。http://asajp.at.webry.info/201008/article_3.html

メッセージをどう受け止めるのか(第27号 2010年11月)

 12月1日が世界エイズデーに定められたのは1988年のことでした。この年の1月、ロンドンで「エイズに関する世界保健大臣会議」が開かれ、エイズ対策を推進するための記念日を創設することで合意しています。さっそくその年の12月1日が第1回世界エイズデーとなり、以後すっかり定着して今日に至る。端折っていえばそういうことなので、今年は第23回世界エイズデーになります。
 どうして12月1日なのか。その理由はよく分かりません。1988年時点で、この日を世界エイズデーとすることが了解できるような、何か大きな出来事が過去においてあったということでもなさそうです。もしかしたら、1月に創設が決まり、その年のうちに第1回を実施しなければならない。準備も大変なので、なるべく日程を後ろの方に持っていきたい。かといって年末ぎりぎりではいかにもまずい。そんな実務的判断の力学が働いたのかもしれません。よく分からないけれど、12.1は世界エイズデーということになりました。
 世界中で毎日、たくさんの人がHIVに感染し、エイズで死亡している。それなのにどうして12月1日だけが「エイズデー」なの。そんな疑問の声もよく聞かれました。「私には毎日がエイズデーです」。1990年代前半、ニューヨークのグリニッチビレッジにあるワシントン広場で世界エイズデーの演説を行った同性愛者のアクティビストは、怒りをこめてそう語っています。マンハッタンのゲイコミュニティ内部では、友人や知人、恋人といった人たちが、まさに毎日のようにエイズで亡くなっていく現実があったからです。
 それでも、1年の中で、とにかく1日でも世界中がエイズについて関心を持つ日ができた。それは非常に貴重なことだ。そのような肯定的評価の方が多かったように思います。12月1日が現在も世界エイズデーであり続けているのもそのためでしょう。最初は「たった1日」だったけれど、いまでは前後の日々も含めて、コンサートや集会や行進や声明や記念碑的建造物のライトアップや・・・といったさまざまなイベントが世界各地で行われ、HIV/エイズの流行と継続的に取り組んでいくことの大切さを呼びかけるメッセージが発信されています。
 厚生労働省とエイズ予防財団の今年の世界エイズデーの啓発キャンペーンのテーマは「続けようKeep the Promise, Keep your Life」です。東京都は12月1日を中心とする1か月間をエイズ予防月間と定め、「ちょっとした たいしたコト」がその月間のテーマとなっています。東京・港区のグランドプリンスホテル高輪では11月24日から26日まで第24回日本エイズ学会学術集会・総会が開かれました。その学会テーマは「垣根を越えよう」でした。
 それぞれに異なっているようでいて、メッセージには共通性も感じられます。たとえば、続けようは、続けたいという思いの裏返しであり、このままでは続けられなくなってしまうというささやかな危機感の表明でもあります。垣根は存在しているからこそ越える必要があるし、大切なことなのに、なかなか必要な対策がとれないのはどうしてなのかという問題もあります。HIV/エイズの流行の現状を直視する中で、さまざまな社会的、心理的な垣根を乗り越え、ちょっとしたことを丹念に辛抱強く続けていくことが、結局はたいしたコトの成果につながるのかもしれません。
 「どのメッセージも本気度が高いぞ」。今年はそんな印象も受けます。