その1(2006年6月~2006年11月)

「はじめに」で綴るエイズ対策史

その1(TOP-HAT Newsから)

 HIV/エイズ関連の情報をまとめた特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議のTOP-HAT Newsは2006年6月に第1号が発行されています。東京都の委託を受けてスタートしてから、なんともう10周年を突破し、なおかつ2016年12月には記念すべき100号に到達しました。最初はけっこう跳び跳び刊行だったのですが、2008年9月の第10号以来隔月刊、2010年4月の第20号からは月刊となって現在に至っています。
 少数精鋭を目指すあまり、限りなく少数になってしまった編集部はもうへとへとですが、毎号巻頭の「はじめに」では、その時点のHIV/エイズ分野の重要テーマや注目の話題を取り上げ、けっこうがっちり書き込んできました。10年の重みと言いますか、その場しのぎ、行き当たりばったりのレポートも、振り返って見ると、積もり積もってエピソードで綴るエイズ対策史の内容を形成するに至っています。
 このまま埋もれさせておくのは惜しいという声はあまり聞こえてきませんが、だからこそ逆に、埋もれさせてしまうわけにはいかないという指摘もあります。《「はじめに」で綴るエイズ対策史》をシリーズ化して再録しましょう。♪あのころキミは~、若かった・・・という方は懐旧の念とともにお読みいただければ幸いです。
 第1回は2006年発行の以下4本です。
 ・世界も東京も(第1号 2006年6月)
 ・中国の現状は?(第2号 2006年7月)
 ・エイズ動向委員会報告から何を読むか(第3号 2006年9月)
 ・第20回日本エイズ学会が東京で開かれます(2006年11月)

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はじめに 世界も東京も(第1号 2006年6月)

 はじめまして。ニューヨークでは5月31日から6月2日まで、世界各国の指導者やHIV陽性者、エイズ対策のNGOの代表らが集まり、国連エイズ対策レビュー総会が開かれました。6月1日夕には国連総会の議場で追悼と希望のためのコンサートが開かれ、リチャード・ギア、ウーピー・ゴールドバーグ、ナオミ・ワッツといった人気スターもスピーチを行ないました。総会には世界のビジネスリーダーも多数、参加していました。
 ドイツで熱戦を繰り広げているサッカーW杯。日本代表も健闘しましたが、世界の壁は厚いですね。日本チャチャチャだけでなく、世界の現実を知らなければ闘えないのは、エイズ対策も同じこと。そういえばW杯でもドイツチームのバラック主将が国連合同エイズ計画(UNAIDS)の特別代表として、HIV/エイズとの闘いに理解を求めていました。アフリカからもたくさんのチームが参加しています。南米の強豪ブラジルもエイズ対策の注目国。今大会ではちょっと太めで話題になってしまいましたが、エース・ストライカー、ロナウドは世界のエイズ・キャンペーンのポスターにも登場したことがあります。
 W杯もハリウッドもビジネスの世界も、そしてもちろん東京も、HIV/エイズとの闘いに無関係ではありえないのですね。

はじめに 中国の現状は?(第2号 2006年7月)

 いま有効な対策が取られなければ、2010年にはHIV陽性者が1000万人を超える可能性があるとの懸念も指摘されている中国。でも、中国政府や国連合同エイズ計画(UNAIDS)の推計では2006年末現在の中国の推定HIV陽性者数は65万人です。わずか4年で65万人が1000万人に増えるなどということがありうるのでしょうか。
 10%を超える経済成長が続き、日本企業の投資も年々、拡大していますが、HIV/エイズの流行と対策について、中国の様子を正確(もしくは比較的、正確)に伝える情報を得る機会はなかなかありません。まあ、日本国内の状況だって、把握が困難なくらいですから、無理もないといえば、無理もないのですが、感染症の流行は企業投資における重大なリスク要因のひとつと考えられるだけに現実に迫る努力は続けたいところです。
 と思っていたら、世界基金支援日本委員会(FGFJ、事務局:JCIE)と中国感染症対策センター(CCDC)が7月10、11日の2日間、北京で国際シンポジウム「三大感染症対策東アジア地域協力北京会議」を開催したというニュースが入ってきました。「東アジア地域における3大感染症対策の共通課題を討議し、国境を越えた協力関係のもとに成果を上げている成功事例を取り上げ、域内協力の促進に向けた方策を検討する」(世界基金支援日本委員会)という目的の会議で、中国、日本を含む東アジア地域を中心に約100名が参加したそうです。  参加者の1人であるAIDS&Society研究会議の樽井正義副代表(世界基金支援日本委員会委員)が、会議で得られた情報をもとに「FGFJ/CCDC会議報告 - 中国におけるHIV/AIDS対策の進展」をまとめました。ぜひ、お読みください。AIDS&Society研究会議HATプロジェクトのブログ http://asajp.at.webry.info/ でご覧いただけます。世界基金支援日本委員会については同委員会のウエブサイト http://www.jcie.or.jp/fgfj/top.html をご参照ください。

はじめに エイズ動向委員会報告から何を読むか(第3号 2006年9月)

 厚生労働省のエイズ動向委員会によると、今年第2四半期の国内のHIV感染者報告数は248人で、四半期ベースでは過去最多となりました。エイズ患者数は106人で、これまでで2番目に多くなっています。日本国内におけるHIV/エイズの流行の拡大傾向を反映した数字としてとらえる必要があります。
 8月22日の動向委員会終了後、同委員会の記者会見が厚労省でありました。また、報告概要は委員長コメントとともにエイズ予防情報ネットのウエブサイトでも公表されています。 http://api-net.jfap.or.jp/htmls/frameset-03.html
 第2四半期の報告対象となった期間は2006年3月27日から7月2日までの約3カ月間で、正確には四半期には1週間分だけ長くなっています。
 ただし、HIV感染者の報告数はこれまで最も多かったのが平成16年6月末~9月末の209人ですから、今回は1週間程度の誤差以上に突出して報告が多かったといえます。
 HIV感染者とエイズ患者の報告数を合わせると354人で、こちらも過去最高でした。
 今回の報告を男女別の内訳で見ると、男性が感染者(226人)、患者(97人)で、どちらも9割以上を占めています。
 その男性の年齢別では、感染者が20代、30代で全体の約66%(163人)、40歳以上は31%(76人)となっています。前回調査よりも20代、30代は11ポイント減少し、40歳以上は9ポイント増加しているということで、委員長コメントでも「40歳、50歳以上の増加が特徴的であった」と特に言及しています。若者の感染が増加していることのみをあまり数字の裏付けもないまま強調していた従来のコメントと比べれば、おじさんにも目を向けるようになったのは、大いなる進歩です。動向委員会のメンバーがちょっと変わったのかもしれません。
 しかし、残念なのは、同じ委員長コメントの中に「若年層の感染者および患者報告数の増加よりも、40歳以上の感染者及び患者報告数が大幅に増加したことは利用者の利便性に配慮した検査・相談事業を推進した結果によるものと思われ、HIV検査普及週間など、検査体制の整備について一定の成果が認められる」と、あまりにも大胆な推論を展開してしまっていることです。
 おいおい、本当かよと心配になってきますね。そんなに簡単に40歳、50歳の男性の方々が検査に行くのならHIV/エイズとの闘いで世界中が苦労することはないでしょう。HIV感染にまつわる偏見や差別をどう減らしていくのか。もう20年以上も同じような指摘がことあるごとになされ、いまなお繰り返されていることもなかったでしょう。
 検査の普及に力を入れました。したがって「今年は」HIVの感染を心配する人がたくさん検査を受けるようになり、HIVに感染していることを発症前に知る人も大幅に増えました。ああ良かった。わが国のHIV/エイズ対策はこれでいいのだといった結論にならないよう、動向委員会のメンバーや疫学の専門家には、より詳細な分析をお願いしたいところです。そのためには、HIV/エイズ対策のさまざまな現場で苦闘を続けている人たちの経験や意見も大いに参考になるはずです。
 感染経路別では、感染者報告の場合、同性間の性感染が160人(約65%)で最も多く、異性間の性感染53人(約21%)の3倍以上でした。エイズ患者報告では同性間の性感染と異性間の性感染はそれぞれ40人で同数です。
 このあたりも、ゲイコミュニティにおける感染の拡大状況とコミュニティ内部の予防対策や検査普及に向けた努力という両方の報告増加要因を視野において分析を試みる必要があります。日本のHIV/エイズの流行がゲイコミュニティではついに流行の第2段階とされる局限流行期(concentrated epidemic)に入りつつあるのではないかということも最近は指摘されているだけに、この点は重要です。
 ところで、20代、30代と40歳以上の対比は委員長コメントに基づくものですが、40歳を境にするこの線の引き方もちょっと微妙です。
 試みに30歳以上と30歳未満で報告数を分けてみるとどうなるでしょうか。
 感染報告を10歳区切りの年齢別でみると、10歳未満1件、10代8件、20代67件、30代96件、40代42件、50歳以上34件となっています。つまり30歳未満は76件なのに対し、30歳以上は172件と圧倒的に30歳以上の方が多いことがわかります。
 30代は若者でしょうか。エイズ関係の国際会議などでは、ユースは25歳未満としてとらえられています。その感覚からすると、少なくとも統計上は、日本で若者の感染が多いと世上、言われているほど報告は多くありません。企業活動の中核を担うような働き盛りの年齢層の感染の方が圧倒的に多いのです。
 もちろん、若者の間に今後、HIVの感染が広がっていくであろうということは十分に予測可能ですから、若者がHIV/エイズの流行に関心を持ち、自らHIV感染の予防やHIV検査、エイズ治療などに必要な行動を取れるようにする条件を整えることは大切です。
 それと同時に、現在の感染の中心が少なくとも報告ベースでは30代、40代で占められていることも十分、対策に反映されていかなければなりません。そうした視点があれば、企業のHIV/エイズ対策もまた、自ずとこれまでとは異なるフェイズに入っていくことになるでしょう。

はじめに 第20回日本エイズ学会が東京で開かれます(2006年11月)

 「Living Together~ネットワークを広げ真の連携を創ろう~」をメインテーマにした第20回日本エイズ学会学術集会・総会が11月30日(木)から12月2日(土)まで、東京都千代田区一ツ橋の日本教育会館と学術総合センターで開かれます。
 学会の開催はちょうど12月1日の世界エイズデーを真ん中にはさんで3日間ということになります。毎年、この時期にはHIV/エイズ関係の啓発イベントが全国各地で開催されていますが、ここ数年は自治体のエイズ関係予算が削減されていることもあって、どうも影が薄くなっている印象は免れません。
 せっかく東京でエイズ学会が開催されるのですから、黙って見過ごす手はないでしょう。この機会に新たな動きを生み出そうと、11月16日(木)から12月25日(月)まで、ほぼ一ヵ月半にわたってコミュニティ・アクション ’06という一大キャンペーン・ムーブメントも展開されます。というわけで、TOP HAT Newsも第4号は第20回日本エイズ学会、ならびにコミュニティ・アクション ’06を特集することになりました。
 「えっ、そんなキャンペーン・ムーブメントなんていわれても何だかよく分からない?」
 失礼いたしました。とにかく、いろいろあって面白いことになりそうなので、概要はコミュニティ・アクション ’06のウエブサイトをご覧ください。社会貢献の絶好のチャンスでもあるので、とくに企業関係の方は必見です。
 あっ、そうだ。第20回日本エイズ学会学術集会・総会の公式ウエブサイトは
http://www.ptokyo.com/20gakkai/index.html
 です。学会の開催概要など、詳しいことはこちらをご覧ください。
 ところで、コミュニティ・アクション ’06のテーマも「Living Together」です。そして厚生労働省とエイズ予防財団がネット上で公募していた今年の世界エイズデーのキャンペーンテーマも「Living Together ~私に今できること~」に決定しました。
 うーむ、何たる偶然、では実はないんですね。今年は協力してキャンペーンに臨みたいという意思というか意欲がHIV/エイズ対策に取り組むNGOやHIV陽性者団体、日本エイズ学会、厚生労働省、日本エイズ学会、そして首都・東京を含む全国の自治体担当者らの間で例年になく強く、その結果が「Living Together」に集約されていったようです。
 いつまでも無関心を嘆いていられる余裕はないだろうという危機感の反映といってもいいでしょう。その危機感が排除ではなく、一緒に生きようというメッセージにつながっていくあたりは、日本もなかなか捨てたモンじゃない、東京いいぞ! という感じでもあります。
 でも、一緒に生きるってどういうこと? とお考えの方がいらっしゃるようでしたら、とりあえず、コミュニティ・アクション ’06のサイト http://www.c-action.org/ のLiving Together宣言あたりが参考になるかもしれません。